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【映画】 『燃えよドラゴン』
![]() | 燃えよドラゴン ディレクターズ・カット スペシャル・エディション (2007/08/10) ブルース・リー 商品詳細を見る |
少林寺拳法を武器に強大な悪に対決するスーパーヒーローの活躍を描く。主演は"空手映画"ブームをまき起こし、これを最後に世を去ったブルース・リー。製作はフレッド・ワイントローブ、ポール・ヘラー、レイモンド・チョウ、監督はスチール・カメラマン出身のロバート・クローズ、脚本はマイケル・アリン、撮影はギルバート・ハッブス、音楽はラロ・シフリン、編集はカート・ハーシュラーとジョー・ウッターズが各々担当。出演はブルース・リー、ジョン・サクソン、アーナ・カプリ、ジム・ケリー、ボブ・ウォール、シーキエン、アンジェラ・マオ・イン、ベティ・チュンなど。アチョー。1973年の香港と米国の合作映画。アチョー。やたら暑くなってきた今日この頃ですが、この映画も熱い。燃えてます。
(goo映画 http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD9019/comment.html)
国際都市香港を舞台に多様な人種によって繰り広げられる武術・武術・武術のやりとりは、30年以上経った現在でも燦然と輝く格闘映画の迫力が、魅力が伝わってくる。この映画が日本で公開された時、ブルース・リーは既に故人だったというのが悔やまれる迫力のクオリティ。世界にカンフーブームを巻き起こした作品。印象的なヌンチャクアクションもウケて、本作がブームのきっかけになったのだとか。なるほど、ガキんちょの頃、修学旅行で出かけると周りの男子がお土産ヌンチャクを買って振り回していたが、そういうシーンの裏には本作の大きな影響があったのだなー。
ブルース・リーの武術演舞の圧倒的なカリスマもさることながら、脇を固める存在やちょっとしたエキストラまでが素晴らしいレベルのアクションを見せてくれるのがたまらない。細かいところまで本当に良く出来た作品で、人間の肉体の躍動をとことん味わえる。
【映画】 『ロボポリス』
![]() | ロボポリス (1988/06/21) リチャード・ゲスウィーン 商品詳細を見る |
ロボポリス。原題は『R.O.T.O.R』だが、邦題は『ロボポリス』。ロボコップあたりに引っ掛けたのだろう、そんな本作は1987年のアメリカ映画。日本での公開は1988年だったという。超B級映画。
邦題で狙ってみただけあって、一応、ロボコップのような感じで、未来型警察としてロボット警察官が出てくるんだけど、そのロボポリスが暴走して市民を危険な目に遭わせてしまう。
ロボポリスが見た目からして全然ロボじゃない、メタリックなマスクもスーツも無し全く細工無しのまんま人間なのが笑える。見た目はモロに生身の人間なのに動きだけロボ的に鈍重で中途半端にギクシャクしているのも笑える。あまりにも間抜けなアクションの連発でチープ感丸出しなのも笑える。B級も過ぎればギャグになるという見本のような作品だった。どうでもいいシーンのカットが長すぎてテンポが悪かったのが残念。
メッセージ的には、機械が悪いんじゃない、人間が悪いから機械が暴走するんだ! そんな感じだった。
【映画】 『バットマン フォーエバー』
![]() | バットマン フォーエバー (2000/04/21) バル・キルマー 商品詳細を見る |
バットマンが最強のパートナー、ロビンと共に強敵に挑む! バル・キルマー(『ヒート』)主演のヒーロー・アクションです。トミー・リー・ジョーンズ(『逃亡者』)とジム・キャリー(『マスク』)が悪役を務めたほか、 ニコール・キッドマンやドリュー・バリモアが出演しているのも見どころ。ロビンを演じたのは、シリーズの次回作でも同じ役を演じたクリス・オドネル。監督を務めたのは、ティム・バートンより変わって、『オペラ座の怪人』のジョエル・シュマッカー。1995年の作品。映画バットマンシリーズ第3作。前2作までとキャストが変わっていて、バットマン役がマイケル・キートンからバル・キルマーになっている。監督は相変わらずティム・バートンなのだが、作風がちょっと変わった。それはキャストの変更も影響しているだろうが、話の内容が随分と俗っぽくなっていたことが大きいだろう。相棒役のロビンが出てくるなど、新要素による刺激を積極的に取り入れたプロットと高い技術による雰囲気満点の映像演出は娯楽映画として非常に高いレベルではあるのだが、前作までにあった、ゴッサム・シティの暗い面とバット・マンのカラーであり活躍する闇の時間帯の化学反応による狂気的な正義のヒーローのインパクトは弱くなっていた。
ゴッサム・シティーでは、顔に硫酸による大きな傷痕を持つトゥーフェイス(トミー・リー・ジョーンズ)による事件が多発し、バットマン(バル・キルマー )も解決に追われていた。そんななか、バットマンことブルースの会社で、研究員ニグマ(ジム・キャリー)がマインド・コントロールできる機械を発明する。だが、実験をバカにされたニグマは常軌を逸して…。
バットマンの素性に纏わる人間的なエピソードを開陳しすぎたからではないだろうか。バットマンの正体であるブルース(バル・キルマー)の主観性にこだわられた作りは、主人公の人間としての気弱な面、打算的な面を打ち出したことで、バットマンというヒーローを演じる人間事情に共感を呼ぶが、一方で、黒いスーツに身を包んだマッチョなヒーローというバットマンの圧倒的な威厳が弱弱しくなってしまっていたのだ。
悪役はエキセントリックで存在感は抜群。本作は、悪役にトミーリージョーンズ、ジム・キャリー、ヒロイン役にニコール・キッドマンという超豪華キャストであるのが、バットマンの存在感の弱さに輪をかけてしまったともいえるほどだ。なかでも、ジム・キャリーの演技のノリ具合には恐れ入る。『MASK』さながらのテンションの高さに作品は大盛り上がり。
【映画】 『ストリートファイター』
![]() | ストリートファイター (2005/06/22) ジャン=クロード・ヴァン・ダム 商品詳細を見る |
東南アジアの国シャドルーで内戦が勃発し、バイソン将軍(ラウル・ジュリア)率いる軍隊と国際連合軍の戦闘が続いていた。狂気の独裁者バイソンは遺伝子操作によって最強の兵士を作り出し、世界を手中に収める野望を抱いていた。連合軍に首都を奪回された彼は秘密の地下要塞にこもり、救援部隊のボランティアたちを人質にとり、72時間以内に200億ドルを払えなければ、彼らを殺すと宣告。連合軍司令官ガイル大佐(ジャン・クロード・ヴァン・ダム)は、武器取引の闇市場を仕切り、バイソンにも通じているシャドルー団の首領サガット(ウェス・ステューディ)の元にスパイを送り込む作戦を立案。サガットの闘技場に乗り込むとシャドルー団もろとも彼を逮捕し、一味に捕らえられていたケンとリュウ・ホシの2人の武道家にこの計画を持ちかけた。ケンとリュウはガイルとの打合せ通り、護送中に軍用車を奪い、サガットと共に逃亡する。サガットの信頼を得た2人は、彼と腹心のベガと共に、バイソンの主催する武器見本市に赴く。一方、バイソンを親の仇と密かに狙うテレビリポーターのチュンリー(ミンナ・ウェン)も、仲間のエドモンド本田、バルログと共に会場に潜入していた。バイソンとサガット一派が決裂した期に乗じて彼らの武器を爆破することに成功したものの、捕らわれの身となってしまう。この騒ぎでうまく立ち回ったケンとリュウは、サガットと共にバイソンの秘密要塞に招かれる。彼らの持っていた発信機によってバイソンの位置を確認したガイルは、連合軍事務次官(サイモン・カラウ)の命令を無視し、後方支援をサワダ(沢田謙也)に任せると、イギリス人情報員キャミィ(カイリー・ミノーグ)らと共にステルス艇で川伝いに出撃した。敵のレーダー網を辛うじて突破したガイルは、ついに要塞に侵入。キャミィやチュンリーやリュウらが人質のいる収容房を目指してバイソン軍やサガットたちと相手に激しい戦いを繰り広げている中、ガイルはバイソンと一対一の勝負に挑む。壮絶な肉弾戦の果てにバイソンは倒され、要塞も爆破されて人質は解放された。1994年のアメリカ映画。世界的ベストセラーになった(らしい)日本発ビデオゲームタイトルのハリウッド映画版。ストリートファイター、というか、ストリートファイター2ね、僕もやりましたよ。日本でも大ヒット。昇竜拳と波動拳が全然出せなくて、いつもE本田とか春麗とかガイルのような溜めと連打だけでなんとかなるキャラで対戦してた。今では、波動拳コマンド? 236ね、みたいな、そんな感じのイタさだけど、あの頃はね、スト2に感銘を受けてました。
(goo映画 http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD10861/story.html)
で、まあ、それはいいんだけど、本作映画。東南アジアの国シャドルーの内戦を舞台に設定し、そこでスト2御馴染みのキャラクター達が活躍する。ゲームでいうところのシャドルー四天王(ベガ・サガット・バイソン・バルログ)は、サガット以外、名前が相互に交換されていたりして若干違和感あるものの、見た目としてはゲームのキャラクターを実写としてうまく要領を得た表現をしてくれている。一目見ただけでこのキャラクターは、ベガ(バイソン)だ、バルログ(ベガ)だ、サガットだ、というのが分かる。これはシャドルー以外のキャラにも大体当てはまる。これも細かくみればゲームの設定と違うところは色々ある。春麗がテレビリポーターだったり、ダルシムが科学者としてシャドルーに無理やり協力させられてブランカ(!)誕生を手伝うとか、ディージェイがシャドルー側についていたり、ディージェイと同じくシャドルー側についているザンギエフがかなり頭弱かったり。まあ、ある。
あるのだけど、やはりそれなりにキャラのツボをついてるのでファンとしてはよく出来たコスプレ映画として許せたりする。ガイルを主人公にアメリカ軍(連合国)を中心としたベタベタな戦争映画調になっているのはどうかなと思ったけど、それが結果的には各キャラクターが入り乱れるごちゃごちゃな戦闘を見事に整理整頓していた。戦闘アクションについては、しょぼさが拭えないながら、それぞれのキャラクターの特徴を思わせるかのような技がきっちり演出されているのが、ファン心理をくすぐる。
【映画】 『es [エス]』
![]() | es[エス] (2003/01/16) モーリッツ・ブライプトロイ 商品詳細を見る |
わずか7日間で実験中止―それは人格を狂わす禁断の心理実験。1971年にスタンフォード大学で行われ今も実施禁止となり、訴訟問題にまで発展した実験を描いた問題作。監督を務めたのは、『ヒトラー 〜最期の12日間〜』のO・ヒルシュビーゲル。ごく一般の人が、次第に人格を狂わせていく様子に背筋が凍ります。2001年のドイツ映画。実際に1971年にアメリカのスタンフォード大学で行われたというスタンフォード監獄実験をモデルに制作されたフィクション。高い報酬とバックにある機関の公的信用性をウリに新聞の求人募集で集められた24人の被験希望の一般人が看守役と囚人役に分けられて擬似刑務所で生活をする。
元雑誌記者のタレクは、“被験者求む。模擬刑務所で2週間の心理実験”という新聞広告を見て、レポートを書こうと実験に応募する。集められた被験者たち24人は、看守役と囚人役に分けられ生活するように命じられた。しかし、実験開始から1日も経たないうちに被験者たちの態度は次第に暴力と服従に分かれ、実験は混沌とした状態に陥っていく…。
細かい部分までこだわられて作られた擬似監獄の閉鎖性と看守と囚人の役割は、実験当初こそ和やかな雰囲気で進行したものの、徐々に看守役が自分の役割・権力に心酔するようになり、規則を重んじ、秩序を維持するために、囚人役を力で征服しようとしだす。規律と秩序を過度に重んじるあまり、看守役は自らが規則を踏み外し、気に入らない囚人役への集団暴力がエスカレートしていく。そして、それは惨劇につながる……。
閉鎖的空間において権力者と非権力者が一緒にいると、それが偽の役割だとしても、徐々に権力に心酔していく集団であり個人の怖さ。役割を与えられるだけで、服従する者までが、没個人化され、貶められた地位にまともに染まってしまう怖さ。人間の良心や理性といった心性に歯止めを期待することの虚しさが表現されている。暴走する看守役にヒトラー的な雰囲気を醸した演出はなんとも示唆的。
後味の悪さが云われる作品だが、囚人役で主人公の記者(ペンの力の象徴)と同じく囚人役の軍人(鍛錬を積んだ存在)だけはどんなに過酷な環境においても自我が崩壊せず、自らの尊厳を守り続ける。看守の虐待に対する反抗心を燃やし続けたことで道が切り拓かれる筋書きは、理性や良心に対する絶望を描きながら、なおも人間の心性に対する希望にこだわられている。看守役の一人が繰り返される虐待・制裁(リンチ)に見かねて囚人に協力し手を差し伸べるエピソードなどもそうだが、人間に対する希望を最後まで捨てていないところで、娯楽映画的に爽やかに描かれ、カタルシスが存在している。してしまっているともいえる。
記者の主人公にせよ、軍人の男にせよ、囚人役を克服するだけの強い使命感が自我の崩壊を防いでいたようにもみえる。金目的や興味本位でやってきて、あっけなく閉鎖世界のピースに陥ってしまう存在とは対照的であった。
軍人についていえば、例えば日本の自衛隊で教育を受けた人は本作のような支配関係に、悲しいことにリアリティと共感を抱いてしまうだろうのではないだろうか。閉鎖的空間におけるコントロールが効かない役割集団の暴走については、イラクで米兵が捕虜を虐待しているという本作映画のような映像が現実に存在していたりする。そういった事に対するフォローが本作における軍人という要素であるが、突っ込めば、力を持っているからこそ弱者の味方であれ、というメッセージなのだろう。軍人が看守役に回っていたらどうなっていたか? 想像したくない。これは記者(ペンの力)についても同様である。
本作は実話をモデルにしながらも、ペンの力や剣の力が弱者の側についていたおかげで救われたという希望のフィクションなのだな、という感想である。
【映画】 『ぼのぼの クモモの木のこと』
![]() | ぼのぼの クモモの木のこと (2003/03/21) ぼのぼの 商品詳細を見る |
悲しいことや辛いことを忘れさせてくれるクモモの木の下で、いつか迎えに来てくれる誰かを待ち続けているフェレット(?)のポポくんと友だちになったぼのぼの。だがある日、クモモの木の枝が折られると言う事件が起こった。実は、悪い仲間との関係を断ち切ろうとして怪我をしたお父さんの痛みを忘れさせてあげる為に、ポポくんが枝を折っては家に運んでいたのだ。しかし、そのお父さんが亡くなり、ひとりぼっちになったポポくんは姿を消してしまう。心配したぼのぼのは、折からの嵐の中、ポポくんを探してクモモの木を目指す。とその時、落雷でクモモの木が炎上。ところが、燃えたクモモの木の放った不思議な匂いが森の仲間たちそれぞれに、忘れていた記憶を呼び覚ました。そう、クモモの木にはもうひとつ、記憶を想い出させる力があったのだ。そして、ポポくんが赤ん坊だった頃、悪い仲間からお父さんを引き離そうとして失敗し、以後、ポポくんに身分を隠して彼の面倒をみてきたおばさんが、実はお母さんであったことを想い出したポポくんは、迎えに来たお母さんと母子の対面を果たすのであった。それから数日後、森の仲間たちはクモモの木の下に忘れる為にではなく、忘れた記憶を想い出す為にやって来るようになっていた。いがらしみきお原作の漫画の世界をフルCGアニメーションで表現した2002年の映画。ぼのぼのってアニメをテレビ東京で観た記憶があるので調べてみたら、95年から96年にかけて放送していたというのだからもうだいぶ前、十年一昔。アニメはシュールな作風でさくらももこの漫画をまったり優しい風味にした感じという記憶があるが、原作とアニメはかなり違った雰囲気であるらしいので、あまりアテにならないということなのかもしれない(僕は原作を読んでない。知らない)。
(goo映画 http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD33323/story.html)
それというのも、本作映画はぼのぼののモノローグを中心にシビアなドラマが描かれていたことで不思議な雰囲気が醸し出されていたからだ。独特のシュールなタッチを用いながらも、家族をテーマにした切ないドラマがメチャクチャな筋書きで描かれる不条理な笑いと涙。何ともいえない味わいがあって良い。フルCGアニメの表現も、僕なんかはフルCGと強調されたのを聞くと青春時代のゲームの影響かどうしてものっぺりとした映像が思い浮かんでしまうが、本作の映像は、雑っぽさとギクシャク感を抱かせる一方で、柔らかい質感を出せていたのではないかと評価をしたい。
そういえば、スナドリネコさん役に森本レオが起用されているのだが、これがあまりにもボソボソとした喋りで何を言っているのか聞き取れないのが辛かった。
【映画】 『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』
![]() | インディ・ジョーンズ 最後の聖戦 (2008/06/06) ハリソン・フォードショーン・コネリー 商品詳細を見る |
冒険家として、また考古学教授として多忙な日々を過ごすインディ・ジョーンズに、大富豪ドノヴァンから相談が持ちかけられる。イエス・キリストの聖杯の所在を示す重大な遺物を手に入れたが、調査隊の隊長が行方不明になり、それを探して欲しいというのだ。映画インディ・ジョーンズシリーズ第3作。今回は原点に戻ったというのか、ナチスとお宝入手を競うという設定において、レイダースの正統的な続編になっている。お宝はイエス・キリストの聖杯。舞台への徹底的なこだわりがみせる映像美はアドベンチャーの雰囲気満点でとてもワクワクしてくる。この点では相変わらずのクオリティの高さで、ハリウッドの力の凄さ、というか、ルーカスなりスピルバーグなりの製作陣の圧倒的な才能を思い知らされる。
最初は渋っていたインディだったが、その行方不明になった隊長というのが自分の父、ヘンリー・ジョーンズであると聞き、仕方なく依頼を承諾。父が最後に消息を絶ったヴェニスに向かった…。
(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/インディ・ジョーンズ/最後の聖戦)
ナチスとのやりとりについては、ナチス絶対悪という方針を強く出しており、対照的にアメリカであり、アメリカを象徴する自由な発想と好奇心の塊であるインディアナ・ジョーンズの魅力がナチスの女性を魅了するという関係性において引き立つという点で、レイダースに比べてやや単純化されてしまっているように見える(もっとも、悪いのは「ナチス」であって個人は縛られているか洗脳されているだけという見方もできる)が、1938年という舞台設定であること、本作が基本的には勧善懲悪的な娯楽ジャンルの作品であることを鑑みて鑑賞に臨めば、それもやむなしといったところだろうか。インディアナ・ジョーンズがドイツに乗り込む展開もあり、ヒトラーが出てきたりして、そのあたりの舞台背景には結構つっこまれている。焚書などのナチスの政策に対する具体的な批判をユーモアを忘れないで表現している。
やはり『インディ・ジョーンズ』の魅力は、どんな時でもユーモアでありジョークを忘れない哲学にある。本作ではインディアナ・ジョーンズの父親であるヘンリー・ジョーンズが登場してインディアナと共に活躍するが、このインディアナの父親を演じるのがショーン・コネリー。このショーン・コネリー演じるインディアナのパパが愉快で面白い存在なのである。オトボケと冴えを巧みに使いこなし、作品にかつてない笑いを齎す。この点で、自分にとっての本作は成功である。父子の確執と融和という要素もドラマを盛り上げている。
【映画】 『サンキュー・スモーキング』
![]() | サンキュー・スモーキング (特別編) (2008/04/16) アーロン・エッカート 商品詳細を見る |
タバコ研究アカデミー所属のPRマン、ニック・ネイラーの使命は、得意の話術でタバコ業界への手厳しいバッシングをかわすこと。その巧みな論理のすり替えテクニックから「情報操作の王」と異名をとる彼の評判はすこぶる悪いが、一人息子のジョーイだけはそんな父親を尊敬していた。訴訟を未然に防ぎ、反タバコ法案を掲げる上院議員をやり込め、ハリウッドをも巻き込むあの手この手の戦略を展開するが、思わぬ落とし穴が待っていた…。2006年のアメリカ映画。圧倒的にタバコバッシングの方向に流れている社会の中で、タバコ研究アカデミーのPRマンが得意の話術でタバコ業界への批判をかわしていく作品。
この男、憎めない。信用ならないと思いながら、ついついその喋りの魔法にかかってしまう。乗せられてしまうのだ。ローン返済のためと割り切った仕事ぶりには抜け目がないのに、若くてきれいな女にはガードが甘かったり、息子のジョーイに「自分で考え、自分で決める」ことの大切さを説く、真っ当さも持ち合わせた主人公ニック。この役にパーフェクトだと監督に言わしめた、アーロン・エッカートがチャーミングだ。クリストファー・バックリーの傑作小説「ニコチン・ウォーズ」を原作に、新鋭ジェイソン・ライトマン監督の、長編第1作となるこのタバコをめぐるラプソディーは、マーケティング第一のアメリカ社会を、辛辣にユーモアたっぷりに描いている。
(goo映画 http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD9504/story.html)
知的論争エンターテイメントというのが日本公開時での本作のキャッチアピールだったようだが、ウィットに富んだ議論が主人公を中心に行われるものの、基本的には論理のすり替えにより、AよりもBはもっと酷いといったような大衆向け情報操作だけが延々と行われる。
コメディとしては現実社会への皮肉とユーモアのバランスが絶妙で面白かった。如何に大衆を納得させるかというパフォーマンスで世の中が流れてしまう事への警告。それを社会にとっての悪役である煙草の擁護者の立場で描くアイディアの素晴らしさが秀逸。如何な悪役にも言い分があるとも取れる(というか、禁煙運動が自らを含む個人の幸福を追求しているように、彼ら悪役もまた自らを含む個人の幸福を追求している)。プライベートには、そんな悪役ですら意外と平凡な幸せを掴むことに四苦八苦しているパパ(男)なんだという視点がある。
主人公が息子を通して真摯に訴えていたのは「自分で考え、自分で決めることの大切さ」だった。それが自由である、と。しかし、本作がそう単純にいかないのが、つるんでいる連中にアルコールや銃、果ては軍事兵器の擁護者までいることだ。これがマイケル・ムーア的な存在が主張するところの自由(自己責任)に対するコストの暗示によって、事の単純化を自己批判で防いでいる。
【映画】 『皆殺しのトランペット』
トランペット吹きがギャングと対決するクライム・アクションで、ラジオドラマとして人気だった作品をジャック・ウェッブが監督&主演を務め映画化。歌手としても絶大な人気を誇ったペギー・リーがブルース歌手を演じ、劇中でも歌声を披露。その演技はアカデミー賞にもノミネートされました。ジャズシンガー、エラ・フィッツジェラルドもカメオ出演しています。1955年のアメリカ映画。禁酒法時代にもぐり(闇)の酒場でバンドリーダーをしていた主人公の男が、ギャングに絡まれる。ギャングの要求を一度は断るものの、仲間を撃たれ、仕方なくギャングに従う。しかし、ギャングのような勢力に支配されなければやっていけない自分のような闇の存在に訪れる悲劇を知ることで、男はギャングと戦うことを決意する。というような感じの、禁酒法時代を風刺した世界観とマカロニウエスタン調の銃をぶっ放して自由を手に入れるという構成になっている。『皆殺しのトランペット』という邦題ほどには過激な作品というわけではない。
カンザスシティ、1927年禁酒法時代。もぐりの酒場でバンドのリーダーを務めるケリー(ジャック・ウェッブ)は、ギャングのマッカーグから一方的に仲介料を渡すよう脅される。一度は要求を断るが、バンド仲間が銃弾に倒れ、ケリーは渋々マッカーグに従うことに。歌手ローズを紹介されたケリーは、彼女をバンドに使うことになるが…。
【映画】 『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』
![]() | インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説 (2008/06/06) ハリソン・フォードケイト・キャプショー 商品詳細を見る |
1935年、考古学者インディ(ハリソン・フォード)は上海のギャングとの取引が決裂しトラブルになってしまい、その場に居合わせた歌手ウィリー(ケイト・キャプショー)と、相棒の少年ショート・ラウンド(キー・ホイ・クァン)と共に飛行機で追っ手から逃れるが、ギャングの策略により飛行機が墜落しインドにたどり着く。映画インディ・ジョーンズシリーズ第2作。1984年の作品。舞台はインド(と中国)。設定としては、前作よりも前の事になっているらしい。
奇妙な老人に出会い、彼の住む小さな村へ案内されると、そこは井戸が干上がり食べることもままならない状態で、子供が一人もいなかった。
村にはサンカラ・ストーンと呼ばれる秘石が祭られていたが、邪教集団に奪われ、村の子供も連れ去られたという。 老人から救世主だと言われ、断れずにインディ達はサンカラ・ストーンと子供達を取り戻す為、邪教集団が住み着いているという、かつてマハラジャが支配していたパンコット宮殿へ向かう。
無人の筈のパンコット宮殿には新しいマハラジャが即位し、表向きには煌びやかに見え、インディ達を大歓迎で迎えるが……。
(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説)
白人のインディ・ジョーンズが地下帝国的な施設を本拠にする宗教団体とそこで働かされている奴隷人間(アジア)を救出・解放するアドベンチャー、というのは少し意地悪でコンプレックスを抱えた見方だが、大まかな構造としてはそうなっている。前作が、アメリカが完璧ではないがナチスは糞だというグレーな自由主義陣営の描き方であったのに対して、本作は、全てにおいて発展途上なアジアの人間を白人が救うというベタベタな白人主義視点。
細かく見れば、アジアの文化を理解できない白人の姿という自己批判も描かれている。猿の脳みそのシャーベットを美味しく食らう姿に卒倒する姿などである。だけど、ストレートに受け取ればそれだって野蛮で奇妙なアジアの文化というシーンでしかない。大衆娯楽映画なんだから、フィクションなんだから、っていえばそれまでだけど、そこを配慮して楽しむのが大人だという考えもあるし、本気になってみることが文化を支えることだとも思うのでちょっと突っ込んでみた。んで、そういう風に捉えた人は僕の他にも当時はかなりいたのか、
Wikipediaによれば、
・スピルバーグは、公開当時に作品の低俗さに批判を食らい「僕は雇われ監督だ」と弁解した。この作品を自分のフィルモグラフィーの中で一番の駄作だと後のインタビューで語った事もある(『1941』についても同じように語る)が、ファンの間では評価が高い。
とのこと。本当かどうかわからないが、やっぱりそういう批判があったんだなと思ったし、一方で、ファンの間で評価が高いというのは、これはインディ・ジョーンズが何であんなに支持されているのかということも含めて、少し分からないところで戸惑った。でも、うん、限定された舞台をフルに利用した質の高い仕掛けの数々と迫力のアクションが齎した「世界」の広がり・徹底された冒険の雰囲気は確かにワクワクする。
【映画】 『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』
![]() | インディ・ジョーンズ レイダース 失われたアーク《聖櫃》 (2008/06/06) ハリソン・フォードカレン・アレン 商品詳細を見る |
高名な考古学者インディアナ・ジョーンズには、世界中の宝物を探し発見するというトレジャーハンターとしての顔があった。ある日インディの下に、アメリカ政府機関から、ナチスドイツが聖櫃(アーク)の発掘を進めているという情報が舞い込む。何としてでもナチスより先に聖櫃を手に入れろとの依頼を受け、インディは聖櫃の争奪戦に臨む。今年、シリーズ映画の4作目が公開されたインディ・ジョーンズ。ジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグという二大指揮官による超人気シリーズのその映画第一作目が本作。1981年のアメリカ映画。
(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/レイダース/失われたアーク《聖櫃》)
考古学者でトレジャーハンターであるインディアナ・ジョーンズ(ハリソン・フォード)が世界を股にかけて活躍する活劇。本作では、インディ・ジョーンズがナチスドイツに対して聖櫃(アーク)の発掘・入手を競う。さすがに超有名な作品だけあって細かいところまでよく考えられて作られているし、ユーモアのセンスとアメリカとナチスの国家観に対する程よくシニックな態度が抜群。冒険をキーに舞台と時代性に徹底的にこだわった雰囲気は、ワクワクさせられる。
表面的にナチスの人間とのドンパチ的・西部劇的なちょっと凝ったアクションが見どころになっている点で、ベタな大衆娯楽映画という枠に入り込みすぎているような気もするが、それでも、女も大切だが、それよりも何よりも自分の浪漫を大切にするインディ・ジョーンズの生きかたそのものが随所に表現されている面では、男の冒険というか、男の身勝手さがうまく描かれており、これが聖櫃のような危険で重大な秘密を無数に抱え込んでいるアメリカという表現とうまく重ねられており、単純にナチス悪、アメリカ正義で終わらない複雑さ。あちこちに比喩的にメッセージが潜ませてあって面白い。といいつつも、ああ、アメリカ映画だなあ、という印象でもある。
ちなみに主演のハリソン・フォードは本作当時39歳とのこと。若くて凛々しいハリソン・フォードが拝めるのだが、それでも39歳なんだあという溜め息も漏れる。
【映画】 『パラサイト』
![]() | パラサイト (2006/04/28) イライジャ・ウッド 商品詳細を見る |
突如田舎町のハイスクールを侵略した異星の生命体と決死の戦いを繰り広げる6人のティーンエイジャーの姿を描くSFホラー。監督・編集は「フロム・ダスク・ティル・ドーン」のロバート・ロドリゲス。脚本は「スクリーム1、2」「ラストサマー」のケヴィン・ウィリアムソン。原案はデイヴィッド・ウイッチャーとブルース・キンメル。製作はロドリゲスと「エル・マリアッチ」以来彼と組むエリザベス・アラン。撮影はエクアドル出身の新鋭エンリケ・シャディアック。音楽は「ナイトウォッチ」のマルコ・バルトラミ。音楽監修はアレックス・ステイヤーマーク。美術は「アメリカン・レガシー」のケーリー・ホワイト。衣裳は「ラスト・オブ・モヒカン」のマイケル・T・ボイド。視覚効果監修は「ミミック」のブライアン・ジェニングス。出演は新鋭のジョシュ・ハートネット、ローラ・ハリス、ジューダナ・ブリュースター、クレア・デュヴァル、「アイス・ストーム」のイライジャ・ウッド、「イン&アウト」のショーン・ヘイトシー、「ターミネーター2」のロバート・パトリック、「ラウンダーズ」のファムケ・ヤンセン、「クロッシング・ガード」のパイパー・ローリー、ロドリゲス作品の常連サルマ・ハエック(「ターニング・ラブ」)ほか。1999年のアメリカ映画『パラサイト』を観た。田舎町のハイスクールが舞台。寄生タイプの地球外生命体の脅威が次々と人間の体を乗っ取りながら侵略をしていくホラー映画。
(goo映画 http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD31487/comment.html)
学園という青春の舞台を利用した若い男女のドラマを基調に、エイリアンに乗っ取られた周囲の人間であり仲間達への不信感の要素を織り交ぜていて、それが緊迫感を見事に演出することで、現実社会への風刺がうまく映えている格好になっていて面白い。脚本が『スクリーム』のケヴィン・ウィリアムソンだそうだが、メタフィクションの表現を用いた外からの視点を意識するアピール演出によって、誰がエイリアン(の親玉)なのかといったちょっとしたミステリー仕掛けのために張られた伏線をわざわざ説明くさくしないでさりげなく回収できているのも良い。事件の解決に対する発想があまりにSFの影響を受けた飛躍的なものであったことに対する弁明も「ホラー映画だから」で済まされてしまっていることには苦笑してしまうが。
映像的にはチープだし、『スピーシーズ』のようなエログロの迫力に比べると見劣りするが、ドラマとして頑張った一本。もうちょっと人間間の不信感を煽ってみても良かったのではないかとも思うが、異性生命体系のグロテスク路線のホラーの割には、終わってなお青春ドラマとしての爽やかさとエネルギーを維持してみせたという意味で後味の良い作品に仕上げられている。
【映画】 『ブラック・ジャック 劇場版』
![]() | ブラック・ジャック 劇場版 (2001/12/21) 大塚明夫水谷優子 商品詳細を見る |
世界中で超人類ブームが起こっていた。従来の人間では考えられない集中力でパワーを発揮する彼らは、オリンピックや芸術の分野で次々に驚異的な活躍を見せる。ところが、実は彼らはある共通の病気に冒されていた。超人類と呼ばれる人達の入院管理をしているブレーン製薬のジョー・キャロル・ブレーンから、彼らの体に巣喰う病原菌の原因究明と手術を依頼されたブラック・ジャックは、その病原菌が脳下垂体の中に入り込んで、大量のエンドルフィンを分泌させていることを発見する。しかし、そもそも病原菌を彼らに移植して人体実験を行っていたのがジョーの仕業であることを、戦う医師団“M・S・J"のメンバーによって知らされたブラック・ジャックは、その非人道的なジョーのやり方に腹を立て、研究を降りようとした。ところが、ジョーはピノコを人質に取った上に、ブラック・ジャックの体内にその病原菌を植えつけてしまった。研究を続行しなければ、ピノコと自らの命も危険に晒されてしまうことになる。ブラック・ジャックはジョーがその菌を発見したという砂漠に赴いて、それがフルジウムという花の花粉であることを突き止める。しかし、ジョーは行き過ぎた研究を非難されて、ブレーン製薬の会長の刺客によって射殺された。ブラック・ジャックも体に入り込んだ病原菌に次第に蝕まれていく。だが、彼は長い間砂漠に住んでいる砂漠の民によって、命を救われた。彼らは、その花粉の抗体の存在を知っていたのである。抗体を手に入れたブラック・ジャックは、瀕死の状態の超人類達を救うと、ピノコとふたりで再び闇の医療の世界へと戻っていった。手塚治の不朽の名作(らしい)ブラック・ジャックのアニメーション映画版。96年の作品なのでこの間まで日本テレビ系列で放送されていたアニメとはちょっと違うブラック・ジャック。
(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/ブラック・ジャック_(OVA))
超人類と呼ばれる凄まじい集中力でスポーツや芸術の分野で驚異的な活躍を見せる人々が現れるが、彼らは実は病気だった! グロテスクに苦しむ様を見せつけながら次々と死んでいく。助けて、ブラック・ジャック先生! お金はいくらでも出します!
医師免許を持たず、フリーランスで活躍するブラック・ジャック先生はまさに組織に囚われない正義の理想の姿。そんなブラック・ジャック先生だから、実はこの病気の裏に組織による非人道的な所業が隠されていたと知って怒り心頭。さすが、ブラック・ジャック先生、格好いいです! でも、ブラック・ジャック先生も病気(病原菌)に感染させられてしまう。
困ったブラック・ジャック先生だったが、自分を脅していた女性のオペを成功させる。さすが、ブラック・ジャック先生、格好いいです! しかし、その数分後のことだった。女性は病原菌を発見した砂漠までブラック・ジャック先生を案内すると御役御免とばかりに射殺されてしまう。
病原菌がブラック・ジャック先生を蝕む。このままブラック・ジャック先生は死んでしまうの? 放映時間残り僅かだよ? しかし、ブラック・ジャック先生は助かる。通りかかった砂漠の民に拾われ、病原菌(花粉)の抗体を飲ませてもらうのである。
超人類と呼ばれる近未来的な存在は皮肉にも大自然が人類に齎した復讐だったのである。我々は病んでいるのである。人間は病んでいるのである。
という、環境保護を訴えたオチに繋がる「超」作品だった。この作品は病気に違いない。助けて、ブラック・ジャック先生!
迫力のある作画と演出は素晴らしかったし、ストーリー設定も良かっただけに、中盤以降の展開が残念。
【映画】 『案山子男 オン・ザ・ビーチ』
![]() | 案山子男 ~オン・ザ・ビーチ~ (2007/08/03) ケン・シャムロック; マシュー・リンハード; サマンサ・アイリング; ケーラブ・ローリン; デヴィッド・ゼリ 商品詳細を見る |
バカ丸出しの若者たちを鋭いオノで切り裂いていく…! ホラー・ファンの間で密かに人気を得ていた案山子男(カカシオトコ)が完全復活!! 学生グループがはしゃぐビーチで、案山子男が殺戮を繰り返していく、シリーズ3作目です。“そんな近くから出現するなんて、いくらなんでも気がつくんじゃ…”とツッコミたくなるようなB級感たっぷりの演出も見どころ。2004年のアメリカ映画。Gyaoの説明文がひどいんだけど、実際はその通りというか、バカ丸出しの若者達が案山子男に切り裂かれていくホラー映画。でも、本当のバカ丸出しは製作陣(大人)でしたでしたっていうよくあるタイプの皮肉が効いたB級ホラー。つまりは駄作。
性欲溢れた大学生グループが、春休みを使ってビーチへ遊びに行くことに。ビーチで開放的になった彼らは、冗談でトウモロコシ畑の案山子に友達のひとりを結び付けた。夜も更けたころ、その案山子が突然、目覚めて…!?
汗とオッパイと太陽光に塗れて青春を満喫する若者達のグループが悪ふざけでトウモロコシ畑の案山子(かかし)にグループの一員である男を縛り付けた。”虐め”の対象になった男の憎しみのエネルギーを吸い取って案山子は案山子男となって殺戮を始める。
トウモロコシ畑というカントリー的なのほほん風情と、そこが案山子男から逃げ回る若者達の阿鼻叫喚の巷と化す風景のギャップが愉快。畑で鬼の形相の案山子に追い回される図はシュールでもある。
本作はなんとシリーズ3作目とのことだそうだけど、もうちょっと凝ってもらえれば、独特の風景との相乗効果で人気ホラーになることも出来たのではないかと思う。滅茶苦茶つまらないんだけど、惜しいなと思った。
【映画】 『殺人鼠 KILLER RATS』
![]() | 殺人鼠 KILLER RATS (2005/07/29) マイケル・ゼルニカー 商品詳細を見る |
おぞましいネズミたちが集団となって更正センターを襲う、動物パニックホラー! グループを率いる巨大化したネズミが人間を容赦なく餌食にしていきます。主役を演じたのは、「ロズウェル 星の恋人たち」に出演していたサラ・ダウニング。狂気の担当医を演じているのは、『エイリアン4』や『ヘルボーイ』でメインキャラクターを演じたことで知られるロン・パールマン。殺人鼠、つまりはKILLER RATSです。凶暴なネズミに人がどんどん襲われていく動物パニックホラーなのです。2003年のアメリカ映画なのです。日本劇場未公開作品なのです。それだけのことあってということか、相当なつまらなさなのです。
女性記者ジェニファー(サラ・ダウニング)は、更正センターの特ダネを仕入れるために、サマンサと名乗り、更正センターに患者として潜入する。施設内ではネズミたちが徘徊し、患者たちが次々と姿を消していっていた。単独で調査を開始したジェニファーは、かつてウィンズロー博士がネズミを使った残酷な実験を行っていたことを知り…。
ウリの巨大化ネズミというのが、わんこサイズでちょっと拍子抜け。映像的な怖さ・グロテスクぶりをアピールするならやはり巨大な虫だなあと思った。大量のネズミが人に群がり、齧り殺すシーンはもう少し刺激的に描いても良かったかも。インパクトが弱めなせいか、表面的なストーリーの粗やネズミの動き方の不自然さが気になってしょうがなかった。そういえば、『ウィラード』もやはり2003年のアメリカ映画で大量のネズミが人を齧り殺すホラーだった。よく似ているなと感じた。ウィラードは内向的で孤独な青年が狂気に駆られていたが、本作も人間の狂気が悲劇を生み出していた。ついでにいえば、更正センターという自由の無い場所で人間がネズミに食われて、その存在が失われていくというのは何とも比喩的な表現だなとも思った。




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