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本と映画と、ついでに市原市
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【映画】 『戦国自衛隊1549』

戦国自衛隊1549 通常版 戦国自衛隊1549 通常版
江口洋介 (2005/12/22)
角川エンタテインメント
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 日本テレビ系列で放送されていた『戦国自衛隊1549』を観た。
陸上自衛隊で秘密裏に行われた実験中に、暴走事故が発生。的場一佐(鹿賀丈史)率いる精鋭部隊が、460年前の戦国時代にタイムスリップしてしまった。かつての仲間だった鹿島勇祐(江口洋介)は、時空の彼方に消えた仲間たちと日本を救うため、神崎怜2尉(鈴木京香)とともに2度目のタイムスリップを敢行する。制限時間は74時間26分。
(Amazon商品紹介より)
 近代兵器で武装した少数精鋭の自衛隊と戦国の大軍勢との戦争が見られるのかと思ったのだがその期待は大きく裏切られた。国を憂いて、戦国時代から国を作り直そうとする自衛隊員の想いを軸に人間ドラマが展開されるが、役者のせいなのか脚本のせいなのか今ひとつ観ている側に熱意は伝わってこず。

 近代兵器を見ても驚かず対応する戦国のもののふ達と、戦国にタイムスリップして驚きを隠せずうろたえる自衛隊員が対照的に映ってしまって悲しくなった。

 自衛隊が全面協力しているらしいので、ミリタリー関係の趣味が強い人には楽しめる作品なのかもしれない。でもちょっと内容に迫力がなかったね。

昼の女性専用車両

【昼間の女性専用車両やめます 東横線・みなとみらい線】
 東京急行電鉄と横浜高速鉄道は28日、東横線・みなとみらい線(渋谷―横浜―元町・中華街)で、7月18日から昼間の女性専用車両をなくす、と発表した。首都圏で唯一、昨年7月から各駅停車以外の全列車の各1両を終日女性専用にしていたが、「混雑していない時間帯は不要ではないか」との声が寄せられたためという。

 平日の始発から午前10時までの上下線と、午後5時から終電までの下りには女性専用車両を残す。改札口が横浜寄り1カ所しかない菊名駅(横浜市)での乗り降りが不便だとの声を受けて、女性専用車両の位置を従来の横浜寄り最後部の8号車から5号車に変える。
(朝日新聞)
http://www.asahi.com/life/update/0628/011.html
 女性専用車両について僕は賛成の立場である。身動きの取れない満員電車の車両の中で性的弱者として弄ばれる女性の苦痛は如何許りか。人によってはトラウマになるほどの精神的苦痛であるとのことである。

 抜本的に痴漢対策をするのであれば本来は混雑解消というのが一番良いのであろうが、それを実現するのは非常に難しい。現実的な痴漢防止策というのが現段階で女性専用車両の措置をとることでしか対応できないのであれば、「ある程度」無関係な人に負担を強いる形になってもこうした措置をとるのもやむをえないのではないか。また、混雑解消時である昼間であれば、女性専用車両がなくなるのも当然のことであると考える。

 ニュース記事から察せられるように、女性専用車両には多くの主に男性の方からの批判もある。男性排除的な措置に差別感をおぼえるという気持ちも察してあげて欲しい。しかし、やはりこの問題で一番の被害者であるのは女性である。この点を踏まえた上で、今後より良い痴漢防止策が出てくることを期待する。

【本】 『蛍川』 (宮本輝)

蛍川・泥の河 蛍川・泥の河
宮本 輝 (1994/12)
新潮社
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 子を捨ててまでも夫と別れた千代と、子が欲しいがために妻と別れて千代を迎えた重竜、重竜と千代の間に生まれた竜夫、それぞれの視点が映し出す世の儚さや悲哀を叙情的に描いている。

 事業に行き詰って破産した重竜は老いも重なって体も精も弱まり、病に倒れる。苦しくなった台所のやりくりと重竜の面倒に追われる生活を余儀なくされる千代。やがて重竜の命の灯は消えるが、死ぬ間際に重竜が先妻の春枝の名を口にしかけたことが千代の心にしこりを残す。重竜が死んで、春枝が尋ねてくる場面に移る。そこでは犠牲にして築いてきた千代よりも、黒々と染められて綺麗に束ねられた髪と渋い薄茶色の単衣の着物が象徴するように、犠牲にされた春枝の方が何不自由のない生活を送っていることが皮肉として映る。その後、重竜が竜夫を春枝に会わせていたこと、春枝が竜夫に対して何もかもを差し出してあげても良いというぐらい想っていることが描かれる。

 中学生の竜夫。幼馴染である英子への想い。恋敵である関根との友情。突然やってくる、関根の死。関根の死で様子がおかしくなる関根の父。少年の世界は常に大きく変わり続ける。

 最後の場面、蛍の儚い命の光に包まれた英子の姿は、繊細なものを壊さずに守ろうとする優しさが感じられる。と同時に、繊細なものを犠牲にした大人の悔いも垣間見える。

1999年のクリスマスとコミケ

 最近、オタクに対する差別や偏見が喧しい(らしい)。今度本田透の『電波男』を読もうと思うが、その前に僕の見てきた世界を少しだけ紹介する。コミケのことを書く。

 コミケとはコミックマーケットの略称で日本最大の同人即売会のことをいう。夏と年末に開催され、数十万人の参加者が会場に足を運ぶ。今までにコミケに3回ほど行ったことがある。1回目は1999年の冬コミ、2回目は2000年の冬コミ、3回目は2001年の夏コミ。

 コミケの存在を知ったのはインターネットに接続してからだった。また、興味をもったのは『こみっくパーティー』という同人即売会を舞台にしたエロゲーをプレイしたのがきっかけだった。ネット上の知人にコミケについて多く聞いた。会話のやりとりをしているうちに次の冬コミで会いましょうということになった。中日とダイエーが日本シリーズで戦っていた頃である。

 1999年の冬コミは12月24日から26日までの3日間開催されて、僕が参加したのは2日目の12月25日のクリスマスだった。2日目は主に女性向け創作が発表される場だった。当時、女性向け創作というのはボーイズラブとかやおい、つまり男性同士の同性愛を描いたものとか少年ジャンプの二次創作とかそういうものだったと記憶している。何でその日に行ったかというと、僕が同性愛者だったからとかそういうのではなく、一緒に会いましょうとなったメンバーに女性が数名ほど予定されていて、彼女達の好みにあわせようということになったからだ。ちなみに気を利かせたのは僕ではない。「オフ会」の幹事だ。

 1999年12月25日の東京ビッグサイトは熱気に包まれていて蒸し暑かった。ダッフルコートを着ていられないほどだった。混雑と汗や体臭の臭いが交錯した会場はお世辞にも快適なスペースとはいえなかった。この日は女性向けと聞いていたが、男性向け創作も相当数が頒布されていた。男性向け同人誌とはつまりエロ同人誌のことである。僕はエロは好きだが、このエロ同人誌というのがあまり好きではない。理由は、
1.値段が高い割にページ数が少なく薄いこと。
2.表紙の絵と漫画の絵が全然違うことがあること。
3.レイプやSM・陵辱ものといった類の性表現はどうしても僕の性的嗜好には受け入れられないのだが、同人誌には割とそういう表現を多く見かけたから。

 エヴァの制服のコスプレをした女の子が白いパンツを見せて床に座ってサンドイッチを頬張りながら同人誌を読んでいた。同じく床に腰掛けながら岡田斗司夫や江川達也みたいなのが集まって妙にハイテンションなノリでノートパソコンをいじってたりする。皆さんがオタクに対してどのようなイメージを抱いているかは知らないが、概ねテレビで取り上げられているようなイメージ像で誤っていない。そういう人間を多く見てきた。勿論、そういう人ばかりじゃないというのも事実である。

 さて、僕はその場で初めてインターネット上の知人達と出会った。つまりオフ会である。僕を含めて総勢12名。内訳は男子8名。女子4名。秋葉原に繰り出して、酒を楽しんだ。メリークリスマスといって乾杯をした。

 1999年、コミケも秋葉原もインターネットも、不思議な熱を帯びていた。

記憶力低下

 ブログやニュースサイトなどを読んでいるときに知らない言葉が出てきたらヤフーで言葉の意味を検索することが多い。その時、新しいブラウザを開いてヤフーにジャンプして検索窓に打ち込もうとするまでの間に何を調べようとしているのか忘れることが稀にある。少し怖くなって記憶力低下について調べてみた。

ストレス
 ↓
脳下垂体
 ↓
副腎皮質刺激ホルモンが分泌
 ↓
副腎皮質
 ↓
コルチゾールが分泌
 ↓
海馬の神経細胞の死滅
 ↓
記憶力の低下

 つまりストレスはためちゃ駄目だということである。ストレスに弱い体質が問題だという見方もできる。

前頭前野・ワーキングンメモリーを鍛える方法
・積極的に会話をする
・読書をする
・文章を書く
・暗算をする
・料理をする
・楽器を演奏する
・自動車を運転する
・旅行する
・魚を食べる(ドコサヘキサエン酸が脳に効く)

記憶力を低下させる原因
・長時間テレビを見る
・テレビゲームに没頭する
・朝食を抜く
・単調な生活を送る
・深酒をする(前頭葉の神経細胞が死滅する)

 これが噂のゲーム脳?
 魚食べようかなあ。

ポリティカルコンパス

 ポリティカルコンパスをやってみた。
【判定結果】
政治的な右・左度(保守・リベラル度) 4.4
経済的な右・左度(市場信頼派・政府介入派) -2.59
あなたの分類は 保守左派 です。
 だそうです。

 うまい甘え方を身につけないと長生きできないかも。

【映画】 『着信アリ2』

着信アリ2 着信アリ2
柴咲コウ、秋元康 他 (2005/08/05)
角川エンタテインメント
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 ワールドカップ、イタリア対オーストラリアは白熱した試合だった。退場者を出し10人になったイタリアに対してオーストラリアが優勢に試合をすすめていたが、最後はイタリアが底力を見せた。後半ロスタイムにPKで試合が決まるという劇的な幕切れだった。この試合を観終えたら眠気が醒めたので直後に日本テレビ系列で放送された『着信アリ2』を見た。

 前作『着信アリ』も見ていたので、前作から繋がる話にある程度ついていけた。前作で元凶として猛威を奮ったミミコだが、呪いの死の着信音はミミコ以前にもあったということに今作ではなっていて、原因究明のために舞台が台湾に移る。そこでリリィという新たな呪いの元凶について判明していく。

 前作に比べればホラーシーンは弱め。他の邦画ホラーの有名作品をおさえていれば既視感のあるシーンも多く新鮮味のない作品になっている。終わってみれば、話を横に広げるのではなく徹底的にミミコを掘り下げて欲しかったと悔やんでしまった。前作が楽しめただけに残念な作品だった。

【本】 『走れ! タカハシ』 (村上龍)

走れ!タカハシ 走れ!タカハシ
村上 龍 (1989/05)
講談社
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 現役時代の高橋慶彦を僕は知らない。有名な選手だったらしいが、テレビで見た記憶がない。中学にあがるまで野球を観させてもらえず、小学生の頃は珍プレー好プレー番組や漫画でしか野球に触れなかったことが自分の中で高橋慶彦という選手を知らない原因になっているのかもしれない。もっとも、ネットで調べてみると高橋慶彦の全盛期は僕が生まれる前後だったので幼い頃からプロ野球を観ていても知らない選手のままだったかもしれない。
【来歴・人物】
1970年代後半〜1980年代の赤ヘル黄金時代に、1番打者として活躍した。ルーツの後を継いだ古葉竹識監督の下、「赤ヘル機動力野球の申し子」として3度の盗塁王を獲得。1979年には33試合連続安打の日本記録を打ち立て、同年の日本シリーズではMVPにも輝いている。全盛期は福本豊の後継者とまで謳われ、その打撃・走塁スタイルは、山崎隆造や正田耕三ら後の広島を支えることになる後輩達にも強い影響を与えた。

【エピソード】
広島においては数少ない、全国区の知名度を持った選手であった。ユニフォームを泥だらけにしながら躍動し、野球を楽しむようなプレイスタイルは、甘いマスクと相まって多くのファンを魅了した。小説家・村上龍が高橋をモデルに書いた『走れ!タカハシ』はベストセラーとなり、また自身の発売した『君の声がきこえる』『うわさのセクシークイーン』などのレコードは、5万枚の売り上げ記録している。
昼は真っ赤なポルシェを乗り回し、夜はトルコ風呂をハシゴするなど、遊び人としても有名だった。その一方で叶和貴子など芸能人とも浮き名を流しており、そのため「夜も盗塁王」などと揶揄されたこともある。
(Wikipedia 高橋慶彦の項より)
 まだ野球が共通言語だった頃、好きな球団・好きな選手の活躍を糧に日常を営む普通の人々の姿があった。全11編の短編が織り成すこの小説は軽快でユーモラスである。現代の若者が読んでも充分共感できるものに仕上がっているのではないだろうか。

 「走れ! タカハシ」というフレーズが全ての話で使われているが、主役はタカハシヨシヒコではない。タカハシヨヒコを応援する普通の人々である。しかし、声援を受けるタカハシヨシヒコの輝きがいとも簡単に作品の中の普通の人々から主役の座を奪ってしまっているようにも感じる。現実の高橋慶彦という人間もさぞ魅力的なんだろうと思い込まされてしまうほどだ。
 楽しんでいる人間を見るのは、楽しい。またこの小説は、戦争がなく変化速度が極端に遅い民主管理社会で、男達が醜く喘いでいるところを、図らずも露呈させてしまった。
 元気なのは、女達である。
(あとがきより)
 この小説に綴られている男と女の関係は今もなお変わってないだろう。男は今もなお喘いでいる。
かわいいなあ、女は偉い、おばさんだろうが高校生だろうが女は偉い、でもオレは女になりたいとは思えないけどな……
(PART2より)
 21世紀。女になりたがっている男が増えてきているような気もするが。
 みんなしっかり者になりたくないのかもしれない。
 しっかり者にはあまりメリットはない、プレッシャーだけが強くて、オレなんか、将来のシーンが脳裡にちらついて、例えばオレに頼りきった甘ちゃんの女と結婚して会社でも部下から慕われ上司からは信頼されオヤジやオフクロやアニキはますますオレによりかかりなんてことを想像するとたまらなくなる、そういうのに限って、「あんたは退屈なのよ」なんて女房から言われて若いヘナヘナした男とトンズラなんかされてしまう、とにかく損だ。
(PART11より)
 誰だって損なのは嫌なのである。この小説は正直である。

交流戦が終わっても

 巨人の調子があがってこない。
【<中日>3度目の同一カード3連勝 巨人は2度目の6連敗】
 ○中日7−4巨人● 中日が今季3度目の同一カード3連勝。同点の四回、森野と井端の連続適時打で3点を勝ち越し、1点差の七回は3連打で2点を挙げて突き放した。岩瀬は3年連続の20セーブ。巨人は守備の乱れが響き、今季2度目の6連敗で初の借金1。
(毎日新聞)
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=npb&a=20060625-00000037-mai-spo
 中日ファンとしては嬉しい巨人戦での同一カード3連勝。ただしプロ野球ファンとしては巨人があまりにも弱すぎるのは少し寂しい。4月に巨人の圧倒的な勢いを見せ付けられたから、交流戦が始まってここまで巨人が失速するのは予想できなかった。怪我による主力の離脱が成績に影響を与えている。

 去年、清原江藤元木などの不調なベテラン勢のせいで若手選手の出場機会が失われているという批判があがっていた。若手には有力な選手が多く出せば絶対活躍するという意見だった。怪我により小久保・高橋由伸など主力を欠いた今の巨人。若手に出場機会が巡ってきたがどうにもパッとせず、結局他所から獲ってきた小坂や木村拓也に頼る始末。将来有力だといわれた若手は未だ発展途上でいつ才能が開花するのか目処もつかないということなのだろう。業を煮やした巨人がアリアス獲得に動いているという話もある。

 しかし、最後にはやっぱりあがってくるのではないか。去年の巨人に対してはそう思ったが、最後まで沈んだまま5位でシーズンを終えた。最後にはやっぱり巨人が力を見せるよっていう期待がなくなるとファンは離れるだろう。それを機に野球ファンをやめる人がいるのなら残念だ。巨人一極集中ではもう無理がある。野球活性化のためにも、他球団の試合を身近に感じられるようにインターネットなどで気軽に全球団のプロ野球の試合を観られるようにして欲しいと願う。

わさびふりかけ

 最近、伊豆カメヤというメーカーのわさびふりかけをかけてごはんを食べている。山葵の風味が効いていて、ツーンとした鼻に通る辛さがたまらない。

 中学にあがるまで山葵は苦手だった。今では快くなっている山葵独特の風味と辛さが小学生までの頃には不快極まりなかった。小学生まで寿司は必ず「さび抜き」にしてもらっていた。慶弔の儀式の時には寿司がよく出されたが、寿司ネタをペロリとめくってみて、緑が見えたら口に出来なかった。行儀が悪いことだと叱られたので、そういう場では寿司を遠慮するようになった。

 辛いものが苦手だったのではない。アメリカンドックやホットドックにはマスタードをかけるのを好んでいたし、納豆には芥子をかけていた。緑色に不気味さをおぼえたわけでもない。

 山葵というのは環境に敏感な植物で、自分に合う水がなければ生きられないのだそうだ。水質が弱酸性から弱アルカリ性、水温が年間を通じて12〜13℃、イワナやヤマメが棲むぐらい澄んだ水が最適とされるらしい。

 その選び抜かれた生育環境から醸される「上品さ」が苦手だったのかもしれない。子どもの頃はそれを生理的に受け付けることができなかった。そして今はどうかというと、たまらなくその「上品さ」が好きだときている。

千葉日報と巻

 千葉日報という新聞に忙人寸語というコラムのコーナーがある。「地域に根ざした新聞」を標榜するだけあって今回のワールドカップ日本代表について地元クラブに所属している巻を推す論調なのだが、千葉という地域に生きる人間としては微笑ましかった。
【6月20日】
▼十八日の日曜日は「父の日」だった。久しぶりに家族水入らずの一日を過ごした。娘二人のプレゼント。昼間は映画、夜はサッカーのワールドカップ(W杯)の日本対クロアチア戦のテレビ観戦を楽しんだ
▼映画は妻の提案で若年性痴ほう症をテーマにした渡辺謙さん主演の「明日の記憶」を観た。働きバチの実年世代にとっては、身につまされる思いがした
▼さて、サッカーだが、日本代表の戦いは激闘の末に0−0のドローに終わった。これで1分け1敗、勝ち点1。決勝トーナメント進出は徳俵に踏みとどまったという感じ。まだ、望みが無くなってしまったわけではない。でも、次は“横綱”のブラジル。技術うんぬんの前に、ここは「根性」を見せるしかないだろう
▼サッカーが国民的な関心事になったのは最近のこと。Jリーグの隆盛が大きい。十数年前のJリーグ発足時は、マイナーだった。W杯は広く認知されていなかったように思う。支局時代にJリーグ・ジェフ市原の誕生に立ち会った
▼年とともにJリーグ人気が高まり、サッカーはメジャー競技になった。野球と違い、攻守が一瞬のうちにクルリと変わるスリリングさがいい。一喜一憂で目が離せない
▼ジェフ市原・千葉のサポーターの一人として、ジーコ監督が巻選手をなぜ起用しないのか不満だ。あまりパッとしないFW陣に喝(かつ)を入れる意味でも巻選手のひたむきなプレーが見たい。巻選手からサプライズ、奇跡が起こると信じたい。
 クロアチア戦後フォワードの決定力不足に対して本格的に批難が噴出されだしたのに便乗しているようにも見えるが、どういう状況であっても地元クラブ所属の選手を応援するというのが地元紙のあり方であると千葉日報を支持したい。聞くところによると柳沢の地元の富山のラジオ局では終始柳沢を擁護した番組もあったらしい。それに対する批難もあったのだろうが、地元出身の選手を俺たちが応援しなければ誰が応援するんだという気持ちだったのだろう。
【6月24日】
▼二十三日未明、日本中が祈った奇跡は起こらなかった。サッカーW杯ドイツ大会。日本代表は1次リーグ連続突破を果たせずに終わった
▼最終戦は2点差以上の勝利が最低条件という厳しい中、相手は連覇を狙うブラジル。全十八回の出場を果たし優勝五回、準優勝と3位が各二回の「王国」
▼未公表の先発は、習志野高卒でJリーグ柏から名古屋に移籍した玉田圭司と、初出場した市原・千葉の巻誠一郎という県民にとってはうれしい2トップ。苦戦の中、玉田が得意の左足で待望の先制ゴール。巻も高さと運動量ある攻撃。勝利への期待が大きくふくらんだ―
▼それでも底力の差が出て前半ロスタイムの同点から後半に逆転された。トップレベルの高度な技と速さ、瞬時の判断は独創的。観戦していて「ここにパスを出す」「かわしてシュート」と思った時、違った大胆なプレーには驚きがある
▼W杯での数々のアシストやゴールシーンは感動的。逆に日本代表三試合には「えっ」「すごい」と“裏切られる個性”が多くはなかった。スキル(技術)アップと同時に感性を磨く必要があるだろう
▼アルトゥール・アントゥネス・コインブラがジーコ監督の本名。ジーコは幼少のジッコ(○○ちゃんという意味)からの愛称。“神様”の栄光のサッカー人生にとって悔しさが残った大会だろうが、日本代表の苦汁の経験は四年後、南アフリカ大会の夢へとつながる。
 先のブラジル戦に於いての巻の活躍に対しては評価が区々だ。積極的に動いていたのだろうが、プレスはかかっているのかいないのかよくわからなかったし、供給されたボールに合わせてもオフサイドをとられてしまったりしていた。期待された得点も挙げられなかった。

 それでも「地域に根ざした新聞」を標榜する新聞を愛読している身としては、巻選手の活躍を讃えたい。よくやった巻。4年後は更に成長した巻に期待したい。

校内広報誌

 以前gooブログを利用していたときにも書いたが、高校卒業時に頂いた校内広報誌にクラス担任だった女性教師が寄せてある文を紹介をする。
【卒業する皆さんへ】
 「今日こそほめてあげよう」と思いつつドアを開ければ、席に着いていない。口をモグモグさせている。体操服に着替えている。おまけに電灯もついていない。
 朝の挨拶もきちんとできない様子をみて起こったのは三年前だけ。この頃の私にはその気力さえありません。どうせ社会に出ればあなたたちも、上司や先輩にみっちりと指導されるのでしょう。今ここで私があれこれ言ったところで何も変わらないのです。
 あなたたちは明日の日本を支える貴重な人材です。けれども人前で鏡をのぞいたり眉を整えることしか頭にない若者は、国を担うどころか国を滅ぼすことになりかねないと思います。
 これからは多忙な日々が始まります。忙しさから来る疲労や気力の衰えは、時として自分自身を見失わせます。思い悩んで困ったら、口やかましい担任のことを思い出して相談に来て下さい。四千年も長く生きていながら、なぜか人生経験の少ない私ですが、何かお役に立つことはあると思います。
 これ、個人的には気に入っているし、他の教師が載せていた文と比べても良質なものだと思っている。ただ、現実としてこれを書いた女性教師がどういう人物だったかというと、他の教師たちに比べて明らかに威光がなかった。生徒達からも舐められていたと思う。内面の美意識と外見は中々釣りあってくれないものなのだなあと切なくなるが、完全無欠な人間が正論叩きつけると追い詰めてしまうので、うまくバランスがとれているのかもしれない。今の教育現場では一度舐められちゃうとどんなに正しいこと言っても生徒が耳に聞き入れないのかもしれないですどね。

ブラジルは強かった

 千葉県民600万人の期待を背負ってジェフの巻がドイツの舞台に立った!

 そして、日本代表の2006年ワールドカップは幕を閉じた。

 ブラジルは強かった。試合開始直後からボールを圧倒的に支配して精度の高いパスと巧みなドリブルで日本の守備陣をきりきり舞いさせていた。はっきりいって圧倒的な実力差を感じた。それだけに玉田の挙げた先制ゴールは驚いたし、快挙だった。

 しかし終わってみれば1−4の完敗。ジーコが言うには日本代表に足りなかったのは「プロとしての意識」だという。僕はクロアチア戦にせよ、ブラジル戦にせよ実力差が反映された妥当な結果であり、単に技術力で負けたのだと思っている。

 それでもやはり後半逆転されてからの日本代表の足の止まりようは残念極まりなかった。同点・逆転とされていくまでは自身に感情の起伏を感じたが、後半半ば以降のブラジルのシュート練習場と化していたピッチでは日本の失点に何の痛痒も感じなかった。もっと必死になってボールを追っかけてくれれば、どんなに点を入れられても冷めた視線を送ることもなく日本代表を応援し続けられたかもしれない。

 勿論、言われるまでもなく日本代表は必死に戦ったのだろう。勝ち負けがつく場でやっているわけだから、結果で計られてしまうのは仕方ないことなのだろうが、今はひとまず日本代表お疲れ様という気持ちだ。楽しませていただきました。

【本】 『蛇にピアス』 (金原ひとみ)

蛇にピアス 蛇にピアス
金原 ひとみ (2003/12)
集英社
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 サッカー日本代表が弱いのは茶髪だからだよという楽天野村監督の言葉を思い出しながら『蛇にピアス』を取り上げる。

 僕は茶髪やピアス、刺青といった類の「身体改造」が好きではない。美しいとは思えない。自分の美的感覚に照らし合わせてそう感じているし、自分の中のちっぽけな倫理観がこの手の身体改造を受け容れられないとしている感情を隠すこともできない。もっとも茶髪やピアスを好しとする美的感覚を持っている人がいるのも知っているのでそういう人は存分に楽しめばよいとも考えている。

 第130回芥川賞受賞のこの作品は筆者の若さもあって大きく話題になった。ピアス・刺青・スプリットタンなどの「身体改造」と共に生きる主人公ルイと周りにいる人間との関係を描いてある。石原慎太郎は文藝春秋2004年3月号の芥川賞選評において『蛇にピアス』を以下のように評している。
 金原ひとみ氏の『蛇にピアス』はピアスが象徴する若者のフェティシズムが主題となっているが、私には現代の若者のピアスや入れ墨といった肉体に付着する装飾への執着の意味合いが本質的に理解できない。選者の誰かは、肉体の毀損による家族への反逆などと説明していたが、私にはただ浅薄な表現衝動としか感じられない。
 永井荷風が晩年、若い頃腕にほどこした惚れた芸者の名前の入れ墨に往生して、銭湯に行く度トクホンの絆創膏を張って出かけていたという挿話はなにやら暗示的な気もするが。
 この作品に対して残念に思ったのは常軌を逸した世界にいる主人公であっても考えていることがすごく常識的で平凡だったからだ。現実世界でピアスや刺青をしていて大人たちに眉をひそめられる存在の人間だって普通の子と変わらないこと考えてるのよというところが共感を呼ぶのかもしれないが、そこで<どういう考えでその世界に入ったのかもしくはその世界を創りあげたのか>又は、<その世界に入ってもしくは創りあげて自分の考えがどのように変化したのか>というのを掘り下げていくのが文学だと思っているので、その点でこの作品は残念であったし読後感が薄かった。

 作品全体としては破綻がなく、恋人のアマの暴力性を母性で包み込んであげるルイといった関係に代表されるようにオーソドックスなものに仕上がっている。世間への馴染めなさや破壊欲求から「身体改造」に至ったとして、芥川賞同時受賞した綿矢りさの『蹴りたい背中』の主人公のように感情を「外」にぶつけようとするのではなく、自分の体・内面にぶつけている主人公ルイにはどこか哀しい優しさが伺えた。

もしもブラジルに勝ったら

 今の大学生の4人に1人が起業意欲を持っているらしい。ホリエモンに憧れているのか、金持ちになりたいのか、人に使われるのが嫌なのか。果たして起業精神を持つきっかけとなったのものは何だろう。

 僕の家から数百メートル行った先に住宅が密集している地域がある。品川駅からの電車の窓から見えるような建物と建物がびっしりとくっつき合っていて息苦しい光景がそこには広がっている。そこは陽が当たりにくい場所で、妙にジメジメしていて、庭も狭いし、駐車スペースもない。しかし、車はあるので仕方なく目の前の道路に路上駐車をしている。その地域の前の道路には常に何台も路上駐車がされている。それが当たり前なっている。それが原因でその地域の人たちは僕の家を含めた土着の人間たちに蔑まれている。

 その地域の家の連なりの中に一つ、有限会社がある。一見すると普通の戸建なのだが、「有限会社○○商事」という表札が掲げられている。聞いた話によれば運送関係の会社だそうだが、関わりがないので詳しいことはわからない。その会社は祝日になると日章旗を玄関前に掲げる。恐らく僕の住んでいるところでそういうことをしているのはこの会社だけではないかと思う。その日章旗が美しいのだ。光が当たらず、ほんのり薄暗い空間。草木の露が滴る音が聞こえてきそうなぐらいの静寂に包まれた中ならなおいい。ひっそりと掲げられた日章旗は見ている側の魂を引き込んでしまうほどの美しさを放つ。

 いつしか僕もあのように日章旗を掲げられれば、と考えるようになった。今はまだ日章旗は箪笥の奥に眠っている。自衛隊に入隊する際に千葉県から入隊祝いとして頂いたものだ。日章旗には「祝日には国旗を掲げましょう」という紙が挟まっていた。今はまだその時ではないと僕は考えている。
【ブラジルに勝ったら○○します】
 奇跡を信じて、私たちは公約します。23日早朝にW杯の日本−ブラジル戦を実況生中継するTOKYO FMが「もしも日本がブラジルに勝ったら○○○します宣言!」の募集を始め、番組出演者やリスナーから応募が殺到している。著名人だけでも「番組をリスナーの自宅で収録します」(ゆず)、「ブラジル代表の選手と同じ髪形にする」(いしだ壱成)など約80人が約束を寄せた。
 同局は「生中継の制作会議で『ブラジルに勝ったら奇跡だね』と話題になったことがきっかけ。奇跡に見合う公約を募ることで、真剣に応援してもらおうと思った」と企画意図を説明。5日から公募が始まり、いしだが出演番組で公約を発表したところ、多くの芸能人が追随した。一般リスナーからも、約3500件の個性的な宣言が届いているという。「勝ったら六本木でボディコンを着て踊ります」というバブル青田(38)をはじめ、公約からは勝利への切実な願いがうかがえる。募集は23日早朝のキックオフ直前まで実施。
(日刊スポーツ)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060620-00000070-nks-ent
 もしもブラジルに勝ったら日章旗を掲げてみようか。なんて思いもわいてくるが、ブラジルに勝ったら日章旗を堂々と掲げられるような身分になるための方途を本気で考えることをここで公約します。

 僕が将来うだつがあがらなかったら日本代表を恨んでください。

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ハンガリーの少女よりも

 もう昔の話ということになるのかもしれないが、テレビ朝日系列で深夜に『トゥナイト2』という情報番組が放送されていた。あまり熱心に視聴していたわけではないが、コミケやコスプレなどのサブカルチャーや風俗関係者への取材を積極的に行っていたのが印象に残っている。

 ある時、番組内で世界中の少女のヌードを撮り歩いているという写真家が出演していた。その写真家が言うには世界で一番綺麗な女性はハンガリーの女性だそうだ。様々な民族の血が混じっているから綺麗なのだという。映し出されたハンガリーの少女のヌードは確かに麗しいものだった。

 以前、何かの調査で日本人の男女は共に海外の異性から結婚相手としての評価が高いという結果が出ていたように記憶している。しかし、当の日本人同士ではお互いにそう感じていない意識だという報道もある。実際はどうかわからないが日本の女は日本の男に頼りなさを感じ、日本男は日本の女に愛嬌のなさを感じて、男も女も国内にいる異性よりも海外の異性に目が向いているのだそうだ。もっともここで異論が挟まる。男が海外の女に目を向けるのは日本の女に相手にしてもらえなかったからでしょうというものだ。女の上方婚、男の下方婚志向という言葉が流行っているが、男はどうも夫婦関係においてはイニシアチブをとりたくなるものらしい。男は女に比べて征服欲や支配欲が強い傾向にあるという話を聞いたことがある。

 僕自身の考えを述べると、日本の女は紛れもなく世界で一番魅力的だと思っている。外見や容姿ではハンガリーの少女が世界一なのかもしれないし、中国の農村あたりで育ってきた女の方が現代の日本女性よりも愛嬌があって慎み深いのかもしれないけどさ、やっぱり同じ日本人の女の子がいいじゃないですか、ねえ皆さん。ねえ皆さんなんていったって皆お外に目が向いているかもしれないわけだが、実は男の中には僕みたいな純血民族主義っぽい考えも結構いるのではないかと踏んでいる。

 韓流ブームといって騒がれていたときに、おばちゃんがヨン様を追っかけまわしていたぐらいならば笑っていられたが、平凡な韓国人男子のところに日本女性が嫁にいくのが話題になったときはさすがに衝撃を受けた。ヨン様でもなくウォンビンでもなく、陽気でジョークの巧いアメリカ人や情熱的でハンサムなイタリア人でもなく、日本の街中で普通に歩いててもおかしくないような風貌の男と結婚するのにわざわざ異国の地に向かう日本女性のシーンは決して嫌韓流ではない僕に対して複雑な思いを抱かせた。

 あの頃僕みたいな思いを共有した人もかなりいたのではないだろうか。なんで男も女みたいにスパっと国とか血とか民族なんてのに捉われずに生きることができないのだろう。たぶん女と違って「男らしさ」を押し付けられているからだろうなと考えている。何かを守ろうとかそういうものに束縛されすぎているのではないだろうか。いっそのこと社会も女も「男」を解放してあげればいいのにと思うこともある。森永卓郎よろしく敵が攻めてきたら降伏して死ぬというような考えをみんなで共有するのだ。男だから女を守らなければとかそういうつまらない考えを捨てて。

●男性過剰の中国
China: Too Many Men

 中国の一人っ子政策は,急激な高齢化社会を招くなどの弊害が指摘されてきた,CBS NEWSによると,男子を尊重する伝統が,男女比の深刻なアンバランスをすでに招き,女児誘拐が多発している。当局は女児出産の奨励策を打ち出しているが,根本的な解決にはほど遠いようだ。

 中国の最新の国勢調査によると,女児出生数100に対して男児は120であり,世界最大のアンバランスになっている。中国南部にある小さな村の中学では,女子生徒100に対して男子生徒は150を数える。

 政府は産児制限のために,一児をもうけた女性がIUDを装着することを徹底し,その確認用として超音波装置を全国に普及させたが,それが胎児の性別判定に使われ,女児の中絶につながった。控えめな推測でも,一人っ子政策が始まってからの20年間で800万以上の女児が中絶されたという。

 一人っ子政策が開始されてから25年たち,その第1世代は結婚年齢に達している。しかし4000万人もの青年が結婚できないと想定されている。かつては跡継ぎとなる男児の誘拐が頻発して社会問題となったが,現在では,将来の嫁にする女児の誘拐が頻発し,数万人の女児が行方不明となっている。

 こうした事態を憂慮した当局は,女児出産キャンペーンを行ったり,女児の授業料の便面措置や,娘の土地相続を認めるなどの対策をとっている。試験的なプロジェクトでは,娘だけの家族に対して,年間150ドル(家族の年収の2倍)の補助金を支給している。

 アジアの人口問題を研究しているアメリカの学者は,政府が一人っ子政策を見直さない限り,男女比のアンバランスは解決しないだろうと述べている。
http://www.medical-tribune.co.jp/ss/2006-6/ss0606-4.htm
 これから先、日本国内における外国人比率はあがってくると考えられる。もしも日本の女性が外国人男性に靡いていってしまった時、日本の男性はどう打って出るか。さすがに中国みたいに嫁にするために女児誘拐が相次ぐということにはならないとは思う。しかしながら、昨今騒がれている治安の悪化。重要な対策の一つとして良好な男女関係・良質な夫婦関係を築くことが提案されても良いと思うのですが、如何でしょうか。

クロアチアに引き分け

 ワールドカップで日本代表がクロアチアに引き分けた。巷では柳沢や玉田などフォワードの決定力不足が責められているようだが、試合全体を見ればクロアチアの方が優勢に試合をすすめていたように感じたので引き分けという結果は上出来であったとすら思うのだがちょっと甘いだろうか。両チームともに決定機を逃していた。クロアチアでいえば、最大の決定機は前半21分のPKだっただろう。日本側からすれば川口のナイスセーブになるが、クロアチア側に立ってみればキッカーの責任が重いと考えるのだろう。一方日本側の最大の決定機はなんといっても後半6分の加地のセンタリングからの柳沢のシュートの場面だった。

 「ぼくのシュートチャンスはあの一本だけだった。急にボールが来たので。足の内側でければよかったが、外側でけってしまった」
(http://www.chunichi.co.jp/06wsc/news/2006061990144723.shtml)

 柳沢自身の嘆きと同様にサポーターとしても悔しさが滲んでしまうほど惜しいシーンであった。しかし、もしもあの時ああなっていたらというシーンは優勢に試合を運んでいたクロアチアの方が遥に多かったのだ。日本サポーターよりもクロアチアサポーターの方が昨日の引き分けは落胆が大きかったのかもしれない。

 日本代表は精神力が弱いといわれる。フォワードの決定力の面でそれが顕著になっている。また、前監督のトルシエは「日本人は車が来なくても赤信号を渡らない。判断力がないからだ」と日本代表を揶揄したこともある。選手をシステムに合わせようとしたトルシエに対して、選手の個性にシステムを合わせようとしたジーコ。システムと規律のトルシエ・臨機応変と自主性のジーコといわれる所以である。最後の最後で持ちこたえられなかったオーストラリア戦、持ちこたえたけど壁を破れなかったクロアチア戦。そして、最後に迎えるブラジル戦。もはやジーコのやってきた4年間の集大成を見守るしかない。素人の僕には具体的にこうして欲しいという要望すら思い浮かばない。あえて言うならジェフの巻を出して欲しいがこれは単なる身内びいきだ。

 現時点での日本の成績は1敗1分の勝ち点1。世界王者相手に勝つことが絶対条件になった日本代表。相手のブラジルはオーストラリアとの試合に勝ち既に決勝トーナメント進出を決めているので互いのモチベーションの差が表れてくれれば日本代表も食い下がるような試合ができるのではないかと個人的には踏んでいる。それでも限りない絶望の闇の中にろうそくの灯火のようなちいさな希望の火が灯っているに過ぎない。しかし、観ている側とすれば現実的でない希望であるからこそ熱狂できるという部分もある。他のリーグでは2戦終えて早くも決勝トーナメント進出の望みが断たれたチームも多い。結果がどうなろうと最後の最後まで望みを繋いでくれた日本代表をまずは応援してみましょうか。がんばれ日本。

ブログ移転いたしました

 元々はgooブログで個人的な身の回りに起こったことに対する雑感のようなものを書く目的で始めたブログですが、最近その使い勝手に不満をおぼえてきたので思い切って移転に踏み切りました。ほんの少し前までgooブログを賞賛していた舌の根も乾かぬうちで大変恐縮です。男心と梅雨の空と言うではありませんか。じめじめとした根性を晒してみたいと思います。

■デザインの問題
 これはgooブログを始めたときからずっと感じていたことなのですが、とうとう最後まで自分の納得のいくデザインというのが見つかりませんでした。せめてサイドバーのプラグインの追加や削除だけでも自由にカスタマイズできればと思ったのですが、有料版に切り替えるよりは、と考えて今回の移転に踏み切りました。

■カウンターの問題
 僕はすごく数字にこだわる男なのです。過去にいくつかのウェブサイトを運営した経験がありましたが、いずれもカウンターの数字があがることだけを楽しみとしてサイト運営をしておりました。

■アマゾンの問題
 書評や読書感想文に表紙の画像を挿入できるのは魅力的だと常々感じておりました。

■画像の問題
 今度デジカメ買おうかと思ってるので、できるだけ使いやすいところがあればと思っておりました。

■快適性の問題
 gooブログは軽いのが特長だったはずなのに、最近は深夜になるとすごく重かったのです。

■クーリッジ効果の問題
 僕も所詮オスなのです。gooとは結婚できないと思いました。

 ブログサービスを変え、自身も心機一転しました。今後ともよろしくお願いいたします。