コウイチブログ

本と映画と、ついでに市原市
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【写真】 千葉県こどもの国



 今日で千葉県こどもの国が休園です。最終日が週末と重なったということもあって駐車場は車でいっぱい、子ども達が運転したゴ−カートが専用のコースを賑わしていました。今日で終わりかあ。寂しいなあ……。

 写真は山倉ダムを通して望む子どもの国です。中央奥の白い建物が子どもの国です。

飯田、引退へ

【飯田、現役引退へ…ヤクルトの黄金期支える】
 プロ野球、楽天の飯田哲也外野手(38)が今季限りで現役を退く意思を固めたことが29日、明らかになった。同外野手は走攻守すべてに優れ、1992年から2001年の間、5度セ・リーグ優勝を果たしたヤクルトの黄金期を支えたが、ここ数年は衰えが目立ち、今季はわずか39試合の出場にとどまっている。
 同外野手は福岡でのソフトバンク戦でプレーした後、「最近、(球団から)戦力外を通告された。来年も楽天のユニホームを着られると思っていたので、残念。来年については未定」と、語った。
 87年にドラフト4位で拓大紅陵高からヤクルトに入団した飯田は、捕手から外野手にコンバートされると才能を開花させ、活躍。特に守備には定評があり、91年から7年連続でゴールデングラブ賞を受賞している。
(サンケイスポーツ)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/npb/21355/
 飯田、といえば全盛期にテレビの珍プレー好プレー番組でファインプレー・華麗な守備をする選手として紹介されていた。フジテレビの番組だったか、いつかホームランボールをキャッチしてみせるといい、東京ドームの外野フェンスに足をひっかけて八双飛びを繰り出す姿は躍動感に溢れていた。

 1992年から2001年までのヤクルトといえば本当にヤクルトが強かったときだった。黄金期のヤクルトを支えた飯田が同じ黄金期にヤクルトの指揮を執った野村監督のもとで現役を終えるというのは何とも因縁めいている。

 当たり前のように毎年誰かが引退していているのだが、それでもこういう引退の報道を知るとやはり寂寥とした思いに捕らわれる。

【本】 『子どもが本心を語るとき、閉ざすとき』 (吉田哲)

子どもが本心を語るとき、閉ざすとき 子どもが本心を語るとき、閉ざすとき
吉田 哲 (2001/08)
新潮社
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 本書において、私は人間の言葉によるコミュニケーションや心の援助の微妙な働きと危うさ、実際のカウンセリングのダイナミックなプロセス、また、いざという時の「聞く」ということの大切さなどを、出来るだけ具体的、かつリアルに記述しようと努めてきたつもりである。
 カウンセラーが書いた本である。カウンセリングの状況がリアルにわかるし、わかりやすく書かれているのでこの手の心理本にありがちな専門用語やレトリックの多様によって素人には本質的な事柄がぼやけてしまうということもない。その一方で、カウンセラーが考えていることってこの程度なんだと思わず感じてしまうほどの専門性の浅さがある。

 なので、青年期の人格形成の大切な時期に起こるいじめや、家庭不和などがどれほど影響を及ぼすのかということが書かれているのを読んでも今ひとつ啓蒙されなかった。

 また、後半になると神戸の酒鬼薔薇聖斗の事件や西鉄バスジャック事件を自分で実際に取材せずに少年や両親の手記だけで推測するなど、カウンセラーの本というより週刊誌に近いような通俗的な感じになっている。

 間違いなく凡書である。世代を問わず心の病が蔓延している現代において心の専門家がこのレベルだと思うと暗澹とした気持ちになってくる。

【写真】 ヒゲタ醤油


 千葉県のお醤油といったらヒゲタ醤油ですね。小学生の頃、社会科見学でヒゲタ醤油さんの工場を見学させていただきました。醤油の香ばしい匂いが心地よかったです。美味しいお醤油です。

所信表明演説

読んでみる?安倍首相・所信表明演説の「全文」(産経新聞)

 読んでみた。具体性に欠く・「美しい国」という保守価値観を前面に押し出している人間がカタカナ語を頻繁に使うのには違和感があるという批判もあるようだが、そんなに悪い演説だとは思わなかった。ただ、経済政策的にはやや古い自民党寄りになっているのかな、という印象。リベラルや反小泉的な保守にはウケが良いとは思うが、小泉竹中の経済政策を支持してきた層がどう思っているのか気になる。このへん、日経新聞なんかは社説で構造改革に強いこだわりを見せているし。

 少子化担当大臣に高市早苗、教育再生担当の内閣総理大臣補佐官に山谷えり子が就任と、反フェミニズムの立場としては間違いなく小泉より支持できるだろう。例えば男女共同参画に強く反対している林道義氏などは安倍政権に好意的のようだ。

 個人的に懸念するのは、地域社会の強化と男女共同参画と構造改革路線の経済成長は同時に成り立つのか、というところだ。これについては後日紹介しようと思うが、山下悦子の『女を幸せにしない「男女共同参画社会」』に書かれていることを鵜呑みにすると、女性の社会進出、家族の価値観の見直し(介護・育児の大切さ)、地域社会の強化(地域のイベントに積極的に参加)など、男女共同参画と旧来の保守的な価値観をそのまま摺り合わせただけでは、ただ女性の負担が増えるだけで、とても活力のある社会になるとは思えない。

【漫画】 『H2』 (あだち充)

H2 (1) H2 (1)
あだち 充 (2004/08/06)
小学館
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 作品全体が80年代テイストとうまくマッチしていた『タッチ』。その後に描かれたH2もまたタッチと同じように当時(90年代)の世相に合わせてか、時代と共に作品の背景が洗練されている。恋愛要素はタッチのように単純ではなく、新しい登場人物が出るたびに三角関係四角関係となりまるで少女漫画のようだ。野球面ではタッチの主人公上杉達也がストレートしか投げなかった(一応カーブを投げたことがあるが実質全てストレートだろう)のに対して、H2の主人公国見比呂はストレートだけでなくフォークもスライダーもその他の変化球も投げる。そして主戦場となる舞台がタッチでは地区予選だったのがH2では甲子園になっている。また、タッチにはなかった春の選抜甲子園が加わっている。

 ということで80年代タッチに比べて90年代H2は背景が格段に洗練されているのだが、どうもキャラクターがタッチの80年代テイストを引きずっているように思えてならないのだ。これはもしかしたら僕の中でタッチの存在が大きすぎるのと、あだち充の描く漫画のキャラクターがどれもこれも似通っているのが原因なのかもしれない。

 H2のキャラクターに抱く違和感はあるいは90年代に僕が高校時代をリアルタイムで過ごしたことが関係あるのかもしれない。青春の群像としてH2のキャラクターがしっくりこなかったのである。援助交際なんて言葉が流行っていた時期であったし、頭文字Dでいえば茂木なつきのようなキャラクターの方が、情報の波の中で鋭敏になっていた10代の感覚としては認知的不協和を起こさずしっくりきた。

 とはいえ、H2は面白い漫画であった。あだち充の漫画は水泳漫画や時代劇漫画やボクシング漫画を読んだが、やはり野球漫画が一番読んでて楽しい。あだち充には水島新司のようにひたすら野球漫画ばかりを描いて欲しいと思う。

【写真】 牛角のタレ


 行った事はないのですが、有名焼肉チェーン店牛角ブランドのタレです。にんにくと表記されているので当たり前なのですが、にんにくのニオイが……。

新庄剛志

 日本ハムがプレーオフ進出を決め、新庄の引退セレモニーも盛り上がった。新庄が今シーズン限りでの引退を宣言したのがシーズン始まったばかりの4月のことだった。当時は日本ハムがここまで躍進するとは予想できなかったが、結果としてあの日本ハムがこれだけの快進撃をなしたというのは新庄自身何かに選ばれた存在ということなのだろうか。

 顔はハンサムだと思うし、性格も明るいし、色々な人から好かれそうなタイプではあるが、僕は新庄という選手に正直言ってスター性を感じたことがないし、昨日の試合を観ても感じなかった。

 嫌いでもない。ただ、マスコミや世間が騒ぐほどに自分の中では印象に焼き付けてくるものが感じられない。

 その新庄のプレーで一つ、強く印象に残っているシーンがある。99年だったか、当時阪神にいた新庄が抑えに回っていた巨人の槙原の敬遠のボールを打って阪神のサヨナラ勝ちを決めたシーンだ。意外だった。敬遠の球を打つというのを僕は現実のプロ野球で初めて観た。

 あの意外性というのもまたファンを惹きつけてやまないところなのだろうな、と思うが、その一方で新庄剛志という選手はプロ野球人生をあの成績で送る選手だったのだろうか、という疑問もつきまとうのだ。よくわからない。ただ、新庄自身もファン自身も楽しそうな感じがするので、終わりよければそれでよかったのかもしれないとも思う。

【本】 『五分後の世界』 (村上龍)

五分後の世界 五分後の世界
村上 龍 (1997/04)
幻冬舎
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 もう一つの世界の日本、それは今の世界より五分だけ進んでいる世界で、大日本帝国という「無知」の象徴は消滅したが、本土決戦を辞せず、降伏せずに戦い続けた日本が存在していた。そこに五分遅れた世界から迷い込んでしまった小田桐という中年男性の出来事を切り取った小説。

 小説の設定自体はそれほど珍しいものではないが、戦闘描写が動的で読んでいて感覚に訴えるものがある。そのあたり村上龍らしい。ただやはり若い頃の例えば『テニスボーイの憂鬱』や『走れタカハシ』『限りなく透明に近いブルー』『69』『海の向こうで戦争が始まる』のように村上龍という若い生命が持つ感性とパワーを最大限に発揮させた小説が好みである者としては、本作は、著者があとがきで認めているように情報を技術で組み合わせただけの小説に映ってしまい、『イビサ』や『トパーズ』と並ぶ駄作に感じてしまう。

 アメリカの軍事力に屈せず、アメリカの文化的価値観に屈せず、アンダーグラウンドにこもり民族の誇りをかけゲリラ兵として戦う日本人の姿は小説内の主人公である小田桐を通して読者にその格好よさが伝わる。一方で戦わない者を非国民村という惨めな領域に押しやるダーウィニズム的な世界を賛美する表現に若い人間は夢中になるんだろうなあと思うと苦笑もしてしまう。そういう人には是非聞いてみたい。で、あなたは武器をとって戦おうと思ったことがあるのですか? 自衛隊に入ったのですか? 1ミクロンでも入ろうと思ったことがあるのですか? 何故入らないのですか? 他にやりたいことがあるからですか? 内心でこれほど軍隊を馬鹿にしていることもないのではないだろうか。

 日本の伝統が大切としながらも、何よりも生き延びることが大切だとし、国旗は所詮象徴だとし、能や狂言や短歌という世界に通じない表現を侮蔑する様は村上龍らしい小説だと思った。
「国連軍との戦闘に参加したそうですね」
 マツザワ少尉が小田桐にそう聞いた。ええ、と小田桐はうなずいただけですぐに目をそらした。まともに顔を合わすことができなかった。整った顔立ちだが、思わず振り返ってしまうような美しさではない。それなのに妙に胸が騒いだ。制服のせいでもなく、マツザワ少尉の態度が恐ろしく自然でまともなために、逆に強烈に女を感じてしまうのだ。化粧や、喋り方や一つ一つの仕草に、女の属性や特性を強調したり、媚を示すところがまったくないので、逆に種としてのメスだけが持つ柔らかな何か、感触や匂いや分泌物などを抽象化した何かが漂ってきた。
……
 こいつらは、と小田桐は思った。こうすればあなたもセクシーな女になれます、などというあっちの世界の女性誌の特集なんかとは完全に関係ないところで生きている。不特定多数の異性に自分を売り込むというコンセプトがない、すると逆にメスとしての特性が際立ってしまう、結婚した後も寝室とそれ以外の場所で無理なくふるまい方を変えることができる。
……
 中学生の少年は、よく噛んで食べなさい、と母親に注意されながらチキンライスを口に運んでいたが、育ちざかりなため、やはり誰よりも早く食べ終えて、両親と妹がカレーライスやチャーハンを食べるのをじっと見ていた。あら、と母親が言った。あなた、まだお腹が空いているんじゃないの? 母親にそう聞かれて、少年は首を振った。父親が顔を上げ、一粒残らずきれいに食べられたチキンライスの皿と少年のの顔を交互に見て、何かもっと食べるか、と言った。少年はまた首を振った。父親は少年に笑いかけた。今は一番腹が減るんだ、しっかり食べていいんだぞ、月見うどんか何か注文すればいいじゃないか。少年は、いいよ、と少し大きな声で言った。ボクがもう一つ頼むとおとうさんが使える外食券が減るじゃないか。父親と母親は顔を見合わせて、微笑んだ。そんなことを気にすることはないよ。すると、小学生の低学年らしい妹が、おにいちゃん、あげる、と自分が食べていたオムライスを少年の方に向けた。妹はひざの上に古くなった人形を載せている。あなたは自分の分を全部食べなきゃだめ、と母親が少女に言って、少年のために月見うどんを注文した。月見うどんが運ばれてきて、少年が食べ始めると、うまいか、と父親が聞いた。少年はうれしそうにうなずいた。
 小田桐は涙を流しそうになっている自分に気づいた、あの母親はどこかへ消えていったりしないだろう、と思った。小田桐がずっとそれに飢えていた嘘のない親和力のようなものが四人の家族を包んでいる。
 勇気とプライドのある国として描かれる五分後の世界の日本だが、そこでも出生率の低下に悩まされているという描写が見られる。勇気とプライドがあっても少子化だけは解決しないのか。

【写真】 かにのお味噌汁



 蟹のお味噌汁です。ダシが効いてて美味しいです。う〜ん、それにしても他のブログの方のように写真を上手に撮れません。難しいものです……。

日本ハム1位通過

日本ハムが1位通過 北海道移転3年目で躍進(サンケイスポーツ)

 日本ハムファイターズ、レギュラーシーズン優勝(?)おめでとう! いや〜、毎年パは熱いな、と交流戦の時とプレーオフぐらいしかパに興味のない僕だが、思う。交流戦終わった直後はロッテが今年も上位で西武・ソフトバンクとのプレーオフになるんじゃないかと思ったが、ロッテが失速した。代わりに調子をあげて快進撃を続けた日本ハムの勢いがすごかった。

 今日の試合はネット中継で観たが、リリーフで出てきたダルビッシュの投球が素晴らしかった。球は走っていたし、コーナーに見事にコントロールされていた。

 日本シリーズの出場はプレーオフでどうなるか、まだわからないが、去年のロッテフィーバーのことを考えると、今年は日本ハムに是非ともシリーズ出場してもらって盛り上げて欲しいと思う。群雄割拠のパ・リーグは本当に面白い。もしかしたら、楽天もあと2年ぐらいすればプレーオフに出てくるのではないか、なんて気すらして、リーグ全体に躍動感と期待感が希望として存在している。

 日本ハムファンの皆さん、北海道の皆さんおめでとう!

【漫画】 『タッチ』 (あだち充)

タッチ (1) タッチ (1)
あだち 充 (1999/04)
小学館
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 初めてタッチに触れたのは小学生の頃にテレビアニメで見て、だった。野球漫画にしては泥臭くなく、恋愛要素が淡く、友達以上恋人未満の幼馴染という関係を達也と南のサッパリした性格が子どもながらに物語をスッキリと捉えさせてくれて楽しむことができた作品だった。

 アニメを好きになってからコミックスにも触れるようになって、タッチの世界にはまっていった。これ以後、あだち充の作品にはいくつか触れたが、今であだち充の作品で一番好きなのはタッチである。作品の底流にある80年代テイストが見事にキャラクターの性格とマッチしている。後に描かれるタッチと同じ野球漫画の『H2』は、僕は好きな作品であるのだが、90年代の作品ということでタッチに比べて恋愛色がより濃く、また洗練されており、その一方でキャラクターはタッチのような80年代テイストを引きずっていて、ややアンバランスな感じだった。

 タッチで一番好きなキャラクターは勢南の西村で、個人的には甲子園をかけた予選決勝は新田と上杉よりも西村と上杉でやって欲しかったと思っていたぐらいだ。あの如何にも悪役な顔と性格なんだけど、どこか憎めない人柄と、小さい頃からずっとカーブを投げてきて、最後の最後でヒジに無理がたたるという、あの悲運さがよかった。上杉達也のように高校に入ってから野球を始めて甲子園で優勝しちゃうというようなタイプではないのである。新田のように不良から野球に転身して甲子園で活躍しちゃうタイプではないのである。

 とはいえ、あの、キャラクターの顔つきで善か悪かわかる、勝つか負けるかわかるというわかりやすさがこの漫画とあだち充の良さで、だからこそ、西村が話の後半ですごくいい奴に見えたときのギャップにすごく感動したのかもしれない。これはH2の栄京の広田なんかにもいえる。そして、それは女性キャラクターにもいえて、子どもの頃は浅倉南がやっぱり可愛いなあ〜と思ってたんだけど、最近は新田由加の方がギャップを感じさせてくれてすごい魅力的かもしれないと思っている。どうなの、それって。

 すごいストレートがあればそれだけで打者を全て抑えてしまうような漫画であったが、想像力を広げて楽しめる世界の大きさ、人間関係のやりとりの妙が好きだった。

【写真】 フランスパンホットドッグ







 古市場のレスカールというパン屋さんでフランスパンとメロンパンを買いました。そのフランスパンでチョリソーと豚肉を炒めてホットドッグを作りました。

 食パンもそうですけど、特にフランスパンはやはりパン屋で買ったものが美味しいですね。外はカリカリ、中はふんわりです。

安倍内閣

安倍内閣、発足へ 財務相に尾身氏 総務・菅氏、文科・伊吹氏(産経新聞)

 目についたのは少子化担当大臣に高市早苗が選出されたこと。テレビで10秒ぐらいに編集された記者会見を見たが男女共同参画について型通りの無難なことを話していた。ただ、高市早苗でそれじゃあつまらないし、今回の組閣人事は安倍と思想的に近しい人や気心の知れた人を中心にしたらしいから、そのうち女性塾日本教育再生機構みたいなことを言い出すのではないかと思う。まあ、そうであるならベクトルについては賛同しておくから後は堅実且つ穏便に物事を進めて欲しい。

 安倍さん、タカ派だタカ派だと言われているが、麻生の記者会見などを聞いてると、中国と反りが合わなかったのは小泉個人のせいにしてるし、結局は中国韓国とも穏健に話を進めてくれそうな気がする。ただ、今まで靖国参拝や中国韓国との関係で強硬路線を支持したネット右翼的小泉シンパが安倍政権で穏健路線になったりしたら梯子を外されたとして激怒しそう(国立追悼施設建設に反対する勝谷誠彦みたいに)。

 僕は、右か左かで言ったら右だと思うが、靖国に行くことが保守じゃないでしょ、靖国に行くことが日本の誇りじゃないでしょと考えてて、今生きてる人間とこれからこの国で誕生する人間を最優先に物事を考えるべきだという立場から反フェミニズム的家族を大切にしよう保守イデオロギーなのでどうしても最近は石破茂的な感覚になってしまう。ちょっと生意気なこというと、昨今の保守イデオロギーはやはり人を殺すことを明確にイメージして小銃の引き金を引いたことがなかったり、パパとママが揃って何不自由ないなかで育ってきたお坊ちゃんお嬢ちゃんの思想だよ。だから、自分に都合が悪くなるとリベラリズムを振り回し、他人にのみ使役させることができるような事柄になると平気で保守の皮をかぶるようなことができるんだろう。男の浮気は甲斐性だと喚いて自分のカミさんをぶん殴る昭和のドラマよりタチが悪い。

 まあ折角の新内閣であるし、民主党の次の内閣は期待出来ないし、安倍内閣には竹中のようにボン・ボヤージュという声を送りたい。

 ところでネット右翼について侮蔑の言葉が吐かれる今日この頃だが、安倍を安倍壷三と書いたり、農本有理というバナーを作成したり(またそれを貼る奴がいるんだ)と左側にも品位が感じられなくなっているのは極めて残念である。

【本】 『昭和史を読む50のポイント』 (保阪正康)

昭和史を読む50のポイント 昭和史を読む50のポイント
保阪 正康 (1988/01)
PHP研究所
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 昭和史を読む50のポイントとは

■昭和前期
1.昭和史の時代区分<昭和史には三つの節がある>
2.大正から昭和へ<改元時の日本の姿はどのようなものだったか>
3.金融恐慌<当時の日本経済はなぜ崩れたのか>
4.満州某重大事件・満州事変・満州国<関東軍はなぜ独断専行しえたのか>
5.五・一五事件<その時、犬養は何を話すつもりだったのか>
6.政党政治の終焉<明治以来の歴史を有する政党政治はなぜ脆くもつぶれたのか>
7.日本陸軍という組織<この組織はどのような原理で動いていたのか>
8.二・二六事件と軍部独裁<”健軍以来の不祥事”はその後に何を残したのか>
9.新体制運動と近衛文麿<”近衛の目論見”はなぜ失敗したか>
10.天皇機関説と学問の自由<なぜ当時の知識人たちは口をつぐんだのか>
11.社会主義運動の崩壊<当時の共産党とは何だったのだろうか>
12.日独防共協定・日独伊三国軍事同盟<なぜ日本はドイツを盲信したのか>
13.東條英機という軍人<陸軍の典型的軍人とはどんな人間だったか>
14.日米交渉に見る歴史の皮肉<日米両国は互いに何を望んでいたのか>
15.真珠湾という歴史的空間<なぜ第二次攻撃は行われなかったのか>
16.ミッドウェー海戦の敗北<何が”海軍の誤断”を生んだのか>
17.絶対国防圏という戦略<防衛態勢はなぜもろくも崩壊したか>
18.本土決戦論と日本の戦力<肉弾戦をも強制した軍部の”根拠”とは>
19.原爆投下とソ連参戦<日本降伏の直接的な引き金は何か>
20.天皇と決断<敗戦目前の三カ月間、天皇は何を考えたのか>

■占領期
21.GHQ最高司令官マッカーサー<彼は日本をどんな国歌にしようとしたか>
22.戦後教育改革<アメリカが導入した民主主義理念とは何か>
23.極東国際軍事裁判(東京裁判)<この裁判は日本人の精神にどんな影響を与えたか>
24.終戦直後の社会党、共産党<戦後、左翼運動が再び挫折したのはなぜか>
25.終戦直後の首相たち<日本の指導者はどう変わったか>
26.社会党政権の挫折<革新政党内閣はなぜ日本に育たないのか>
27.天皇巡幸の意味<なぜ天皇制は廃止されなかったのか>
28.レッドパージと共産党<GHQと共産党の戦いはどのようなものだったか>
29.サンフランシスコ講和会議<吉田首相はなぜ単独講和の道を選んだのか>
30.敗戦直後の日本<焼け野原の下での生活とはどんなものだったか>

■昭和後期
31.十年目の経済白書<名言「もはや戦後ではない」の意味とは何か>
32.六〇年安保と岸内閣<戦後最大のフィーバーとは何だったのか>
33.池田内閣の経済政策<日本が高度経済成長を達成できたのはなぜか>
34.原水爆反対運動の分裂<原水協の真の目的は何だったのか>
35.大学の大衆化<大学から「研究」が消えたのはなぜか>
36.戦後の若者風俗<何が若者たちを変えたのか>
37.東京オリンピックとナショナリズム<”スポーツの祭典”に日本人が酔ったのはなぜか>
38.高度成長の光と影<公害と国家依存の体質はどう生まれたか>
39.ベトナム戦争と日本人<この戦争の本質とは何であったのか>
40.全共闘運動の爆発<壮大な風俗運動はなぜ起こったか>
41.東芝三億円事件と犯罪の多様化<”劇場犯罪”が生まれた背景とは>
42.三島由紀夫と自決<なぜ割腹自殺をしたのか>
43.田中角栄と列島改造論<彼はなぜ総選挙で敗北したか>
44.石油ショックの意味<高度成長時代はどう転換したか>
45.日中国交回復と両国の歴史感覚<日中関係をどう読むか>
46.ロッキード事件の背景<元首相が逮捕されたのはなぜか>
47.自民党政権の読み方<自民党はなぜ日本の縮図たりえるか>
48.情報化社会の進展と日本社会の未来像<旧世代はハイテク管理社会に生き残れるか>
49.昭和が生んだ”新人類”<昭和という時代の奥深さはどこから来るか>
50.日米経済摩擦<ジャパン・バッシングはなぜおこったか>

 だそうだ。中学生の頃読んだ古い本だが、ポイントが簡単にまとめてあり読みやすく、面白い。教科書なんかよりずっと面白い本だったと記憶している。
 アメリカは真珠湾で日本軍に叩かれてからは、どの時期にどこに侵攻し、どの兵団を動かすか、そのためには兵站はどうするか、すべてを克明につくりあげていた。
 戦場に送られる兵士には、その戦場はどういう地か、言語は何か、食料はどうなっているか、地理はどうなっているか、そして何より肝心なその島に行ってなぜ戦うかまで教えられていた。
 日本軍のようにどこに連れられてきているのか、この島は何という島か、なぜ戦うか、などまったく知らされてなく、ひたすら玉砕戦法を強いられていたのとはことごとく違っていたのである。
 昭和二十年の六月、七月には、大本営は軍事的には手を打てないでいた。沖縄戦で致命的な打撃を受け、もうアメリカがどうでてくるか、それを傍観視するような状態であった。そして国内ではひたすら「聖戦完遂」を叫ぶだけだった。
 軍事は政治の延長のはずだった。しかし、日本は政治はつねに軍事に従属し、ひっぱり回され、そして押しつぶされた。軍事だけが暴走すれば、それは究極には”美学”として昇華していくというケースはとくに大日本帝国には顕著であった。
 ドイツもイタリアも、軍事的敗北をすぐに政治的収集で立て直す余裕をもっていたが、日本はそれだけのゆとりがないほど崩れていったのである。だからこそ、国民は驚くほど従順に占領政策になじんでいったといえるのだ。
 のだ?

【写真】 送電線鉄塔


 沈みゆく日と鉄塔。

駒大苫小牧・田中は楽天

【駒大苫小牧・田中投手は楽天が交渉権 プロ野球高校生ドラフト】
 昨年から年2回の分離開催に変わったプロ野球の新人選択会議(ドラフト会議)は25日、東京都内のホテルで高校生選択会議(高校生ドラフト)の1巡目指名を行い、今夏の全国選手権大会で準優勝した田中将大投手(北海道・駒大苫小牧)には4球団が競合し、楽天が交渉権を獲得した。
 阪神、中日、巨人の3球団が重複し、高校生野手ナンバーワンといわれる堂上直倫遊撃手(愛知・愛工大名電)は地元の中日に決まった。2球団が抽選した増渕竜義投手(埼玉・鷲宮)はヤクルト、大嶺祐太投手(沖縄・八重山商工)はロッテに確定。唯一の単独指名となった広島は前田健太投手(大阪・PL学園)の交渉権を獲得した。
(サンケイスポーツ)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/npb/20722/
 へえ。駒大苫小牧の田中は楽天が交渉権獲得かあ。田中本人の意中の球団とは違っているようだが、本人はプロに進む気らしい。専門家の目によると現時点での投手としての完成度はハンカチ王子よりも上らしいので、是非ともプロの世界で活躍して欲しい。でも北海道民としてはやはり地元日ハムで活躍を見たいという気持ちなんだろうなあ。まあ楽天はパなので一応北海道でも生で観られることになるのだろうけど。

 あと、高校生側の意中と現実の交渉権を獲得した球団の乖離としては、八重山の大嶺かな。ソフバンが意中だったのだろうが、ロッテになった。テレビで記者会見の様子をやっていたのを見たが、喜びを見せず神妙な顔つきだった。監督やじっちゃんやばっちゃんと相談して決めると話していたが、はたしてどうなるやら。

 かつて横浜高校の松坂がドラフトの目玉となったとき、当時(98年)好調で日本一に輝く横浜ベイスターズを希望しているといわれていて横浜高校の渡辺監督が横浜以外なら社会人と言っていたほどだった。しかし、結局交渉権を獲得したのは西武でどうなるか、と注目されていたが、当時の西武監督だった東尾が見事に松坂を口説いてみせた。今にしてみれば、結果、松坂は低迷に喘ぐ羽目になる横浜ベイスターズよりも入団後日本一を経験した西武ライオンズに行って良かったのではないかと思う。

 でもやっぱり地元で、世話になった土地の球団でプレーしたいよねえ。

 愛工大名電の堂上は競合の末に地元中日が交渉権を獲得してくれて、本人も嬉しそう。よかった、よかった。

【映画】 『ドラえもん のび太と夢幻三剣士』

映画ドラえもん のび太と夢幻三剣士 映画ドラえもん のび太と夢幻三剣士
藤子・F・不二雄、 他 (2003/11/19)
ポニーキャニオン
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 「気ままに夢見る機」を使って自分の思い通りになる夢を見て嫌な現実から逃避していたのび太は、ある日謎の男から「夢幻三剣士」の夢を見ることをすすめられ、そのままに「夢幻三剣士」の夢を見る。そして、夢の中の世界で妖霊大帝オドロームに侵略されつつあるユミルメ国を救うためにのび太は伝説の白銀の剣士となる。

 ノビタニアンやジャイトス、スネミスと名前などの設定が三銃士をモチーフにされている。剣と魔法という中世ヨーロッパ風のファンタジーの世界で冒険活劇が繰り広げられるが、ドラゴンとの戦いにしろ、オドロームとの戦いにしろ、ここという時のシーンに高揚感が得られなかった。

 三剣士というタイトルがついているのに、最後はのび太&しずかのタッグでオドロームと決着をつけるのも残念だった。ジャイアンやスネ夫と3人もしくはそれにドラえもんとしずかを加えた5人で力をあわせて決着をつけて欲しかった。

 盛り上がりに欠ける物語だったが、夢の世界に現実逃避をし現実と夢の峻別ができなくなるのび太の描き方、現実世界が夢の世界に反映され、夢の世界が現実世界に反映されるという設定、そして、のび太としずかが敵の攻撃を受けてボロボロの灰になるショッキングなシーンは興味深かった。

【写真】 おはぎ


 お彼岸ですね。おはぎをいただきました。甘くて頬っぺたが落ちそうになります。

千葉日報が!

千葉日報コラム『忙人寸語』より
2006.09.24
▼教職員に対して入学式や卒業式で国旗に向かっての起立や国家斉唱を強制することは違憲だとする判断を東京地裁が示した。判決は一方で、日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てるためには国旗・国歌を尊重する態度を育てることは重要だとしている
▼理解に苦しむ判決である。世界中を見渡して、国歌を歌え、歌わないと裁判沙汰になる国は日本ぐらいのものだろう。おまけに学校長の職務命令に従わず懲戒処分を受けた原告の都立高校教職員ら全員に対して一人三万円の慰謝料の支払いまで命じた
▼都教委からすれば職務怠慢の教師にである。石原慎太郎都知事は「当然控訴する」として、「生徒が先生の言うことを聞かない。規律を取り戻すひとつの手立てが国旗、国歌への敬意だと思う」と語った
▼旧文部省が公立学校での掲揚斉唱を義務付け、一九九九年二月に卒業式での日の丸・君が代をめぐり広島県立高校の校長が自殺したことなどを契機に国旗国歌法が制定された
▼オリンピックでの国歌演奏は金メダルの勝者のみ。メーンポールに翻る自国の国旗に背を向ける選手はいない。これがけしからん、という指摘はついぞ聞かず、学校での、人生の節目の式典でだけ問題になる
▼君が代を歌わない先生が増えれば、やがて生徒もそれにならう。原告団の言う通り、まさに画期的な判決だった。二日後に戦後生まれの若き首相が誕生する。思い描く「美しい国」は教育現場から崩れようとしている。
 へえええええええええええええ。千葉日報がねえ。麻生太郎の講演に首を傾げ、田中真紀子の講演を喝采する寸語子がねえ。朝日も毎日も判決に好意的な社説書いてるのに千葉日報はこう来たかあ。

 正直言って意外だった。千葉日報ってどちらかといえばリベラル寄りの新聞であるし、五輪誘致の時も東京よりも福岡寄りの姿勢だったからだ。

 以前寸語子が自分の思想と社の方針が食い違うことに悩むことがあると愚痴を書いていたが、この度のコラムは寸語子の率直な想念だろうか。

 あえて邪推してみると、オリンピックの件(くだり)は、この際東京で五輪を開催してもらって千葉県も恩恵に与りたいので、石原さんと東京都を応援しよう、擦り寄ろうスリスリ、のメタファーではないかと考えられるが、……実際どうなんだろうか。

 まあ、最後の段落に素晴らしい皮肉を付け加えてくれて最近の中では一番出来の良いコラムなのだが、これが千葉日報だと考えるとどうにも腑に落ちなかったりするから不思議だ。

 とりあえず千葉日報(忙人寸語)が「美しい国」に好意的であることはわかった。それも驚きだけど。

【本】 『殺戮にいたる病』 (我孫子武丸)

殺戮にいたる病 殺戮にいたる病
我孫子 武丸 (1996/11)
講談社
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『メビウスの殺人』を執筆中にプロットを思いついたというこの作品、読み進めると確かに『メビウス』の香りがする。もっとも、我孫子武丸(のみならずミステリー全般)の作品に詳しくないので、我孫子武丸がこういう手法の作品をよく書くのか、それともこういう小説が90年代はよく流行ったのか、わからない。

 本作も『メビウスの殺人』同様、冒頭で犯人が分かる。また、複数人の視点、元刑事の樋口、犯人の蒲生稔、そして犯人とは○○な関係の蒲生雅子の三人のパートで構成されている。

 永遠の愛・真実の愛を見つけるとういう動機で連続殺人に至る犯人は、殺した女性と何度も屍姦を繰り返し、乳房や女性器を切り取って自宅でまた性交を繰り返しオーガズムに達する性的倒錯者となっている。

 グロテスクな表現が目立つが、amazonのレビューなどを見ると、それではなくて、結構な数の読者がオチの方に惹かれたらしく、そのオチの素晴らしさがこの『殺戮にいたる病』を我孫子武丸の最高傑作との評価たらしめている、らしい。

 僕はオチにはがっかりした。がっかりした、という表現は適当でないかもしれないが、やはり無理があったのではないか、と思ってしまうのだ。確かに、蒲生稔そして蒲生雅子の二人のパートの情報と想念が錯綜した文脈・行間をよく読んで、想像を広げれば、このオチに落ち着くこともできるかもしれないが……、まあ、それまで読者側に思い込ませていた人間関係を最後の最後にあっけなく覆すという、叙述トリックというらしいのだが、それにあまり僕の嗜好が合わないという事なのだろう。読み終わって事実が明らかになった後でも感覚としての不自然さ、後味の悪さが残る。

 しかし、小説、物語としてはなかなかに楽しめた。樋口・蒲生稔・蒲生雅子、三様の視点で時間軸を巧みに利用して描いてあると思う。

『メビウスの殺人』は主人公がゲーム感覚で殺人を行っていくことが主張されていたが、本作では家族の絆が弱いもしくは家庭環境が良好でないことが精神に異常をもたらすと主張されている。とかく、昨今イデオロギッシュに語られる「ゲーム感覚」であり「家庭環境」だが、『メビウス』ではゲーム感覚なんてとんでもない! 本作では平穏を保つために家族の絆・愛情は大切なのだ! ということが読み取れるので、そういうのに反発するイデオロギーを持っている方は読まないほうが良いかもしれない。

桑田、巨人退団へ?

桑田、巨人退団へ 球団公式HP上で「お別れ」(産経新聞)
お別れ
【友へ】
 今年は、たくさん話をするつもりだったけど、全くできなくて本当に申し訳ないね。2月に、人生の師、藤田さんが他界され、直ぐに祖母ともお別れをしなければいけなくなった。別れが多い1年かもしれないね。
 このページも、2000年から続けてきたけれど、今年でお別れになると思うし、何より、明日、ジャイアンツのユニホームでマウンドに立つのは、おそらく最後になるだろう。21年間、大きく育てていただいた、ジャイアンツに心より感謝している。明日は、短いイニングだけど、友への感謝の気持ちを胸に投げたいと思う。
 桑田真澄のたった一度の野球人生を、大切に、そして誠実に生きたい。
 長い間、ありがとう
 18。
公式サイトより)
 ヤフートップニュースでこの報道を知ったときはとうとう桑田引退か! と思ったけど、よく読めば引退ではなくて、巨人退団ということらしい。

 ここ数年の桑田は年齢とともにくる衰えには抗いきれなかったのか、成績は振るっていなかったし、今年も低調なままで、桑田、来季構想外…原監督「論ずるに値しない」という記事もあったほどだったから、桑田も今年いっぱいかな、と思っていたのだが、桑田の公式サイトの文と産経の記事を読むに、巨人一筋にこだわらずに、この際巨人のユニフォームは脱ぐが、新しく他の球団のユニフォームを着て野球を続ける意志ということなのだろう。

 桑田が巨人一筋のままユニフォームを脱げば、すぐに指導者に、そうでなくとも解説者として引っ張りだこになりそうだが、あくまでも現役にこだわるという姿勢が本人の望んだ道ならば応援したい。

 斉藤雅樹や槙原と並んで三本柱と呼ばれていた頃が懐かしい……。多くのプロ野球選手が入団してくる度に尊敬する選手として名を挙げた桑田真澄、僕の印象の中では投手としては斉藤雅樹や上原の方がずっと上だが、巨人のエースと聞くと、その二人よりも桑田が思い浮かぶ。不思議な存在感を持っている投手だと思う。

 他球団移籍となるならば、パ・リーグのオリックス以外のチームへ行って、清原とのKK対決が実現したら面白いのではないだろうか。清原も相変わらず振るわない成績だが、桑田・清原の現役生活の最後を二人の直接対決で飾ってくれればと願う。

【写真】 おでん





 もうコンビニでおでんが始まっていました。そんな季節なんですね。コンビニおでんはやっぱりセブンイレブンが一番だと思います。おでん種は、たまご・こんにゃく・白滝・大根・餅巾着。下の画像は食後のデザートです。至福のひと時でした……。

【本】 『メビウスの殺人』 (我孫子武丸)

メビウスの殺人 メビウスの殺人
我孫子 武丸 (1993/05)
講談社
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 『かまいたちの夜』でシナリオを手がけた我孫子武丸のミステリー小説。これを読んだのは高校にあがる直前だっただろうか。当時も今もミステリーには詳しくない。なので、この作品のように冒頭でいきなり殺人犯の名前がわかる−−古畑任三郎のように−−が目新しい手法なのかどうか分からない。

 犯人である椎名俊夫と事件を捜査する速水の視点が交互に描かれて話が進む。最初から犯人は分かっているし、犯人パートにおいて犯人の心情が吐露されていくのだが、被害者たちを結ぶミッシング・リンクが明らかになっていくと、犯人のことをよく知っていたつもりになっていた読者に意外さを与えてくれる。

 犯人パート刑事パート共に、ストーリーの世界に夢中になって読み進めることができるが、最後の刑事たちが犯人をひっかけた罠がいけない。ネタバレになるので書かないが、やや無理がありすぎたのではないか、と思うのだ。それまでが非常によく描けていただけにあの締めくくり方は残念だった。一応エピローグに更に読者に意外な結末を与えているが、犯人対刑事の劇がつまらない終わり方をしてくれただけに、やや冷めた感情で本を閉じる事になった。

 とはいえ、刑事役の速水とそれを取り巻く登場人物とのコミカルなやり取りや、読者を笑わせてくれる仕掛けは、著者のセンスの良さを感じた。

【写真】 扇風機とお別れ


 扇風機をしまいました。今年もありがとう。来年もよろしく。

国旗国歌を教師に強制は違憲らしい

 まあ地裁判決らしいのだけど。

朝日新聞『国旗・国歌 「強制は違憲」の重み』
読売新聞[国旗・国歌訴訟]「認識も論理もおかしな地裁判決」
産経新聞【主張】君が代訴訟 公教育が成り立たぬ判決

 率直に言って、国歌を強制的に斉唱させることが良いとは思わないが、いい年した大人それも教師が可愛い教え子の晴れ舞台でもある入学式や卒業式のような儀礼の場で国歌や国旗に敬意を示せないのはちょっと情けないんじゃないか、とも思う。

 わざわざ強制させてまで、ということはそれだけ教育現場で国歌に敬意を払うことを重要視している、つまりは、教育というものを重要視しているわけで、子ども達の鑑である教師という「存在」に畏敬の念があるからこそ、ではないか。

 僕の意見としては国旗国歌に対して反対の意見・思想を持つのは自由だと思うが、入学式や卒業式といった儀礼の場はそういった類の思想心情の発露の場としてふさわしくないと考える。国際社会で生きることを考えれば自国も含めた世界中の国々の国旗国歌に敬意を払うことを教えることも必要なのだ。国歌斉唱に反対している皆さんは、面従腹背で良いから、口を閉じたままで良いから、俯いたままで良いから、せめて起立だけは為して欲しい。

 まあ、今回の判決で喜んでいる人間の中には護憲派で自衛隊の存在そのものも必要ないとすら考えているのもいるんだろう。「思想的には」誠実といえるかもしれないが、現実に自衛隊は必要であるし、自衛隊は毎日のように国旗に敬礼するし、国歌をでかい声で歌えなかったら怒鳴り散らされるし蹴飛ばされるし、国防のために人殺しの訓練を積む。そういう人達を敬えない人間を育てることは極めて「不愉快」であると主張したい。

【ゲーム】 『かまいたちの夜』

かまいたちの夜 かまいたちの夜
SUPER FAMICOM (1994/11/25)
チュンソフト
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 ただ与えられたテキストを淡々と読まされるだけではなく、音があり、動きがあり、変化があるサウンドノベルは新しい小説のカタチとしてダイナミズムを生んだと思う。自分が主人公となって行動を選択し、推理をする余地があることで、従来の紙媒体の小説と比べて主人公並びにその他の登場人物に強く感情移入することができる。また、本編ストーリー以外にも『スパイ編』であったり『ピンクのしおり』であったりと、おまけ……というのは失礼なほど素晴らしい出来のパラレルストーリーが存在し、本編ストーリーで感情を移入させた登場人物の一味違う顔が楽しめるのがファンにとっては嬉しい。

 現在でこそプレイステーションなど様々な機種に移植されている『かまいたちの夜』だが、僕がプレイしたのは初めて登場したスーパーファミコン版。あらゆるストーリー展開、あらゆるエンディングにたどり着くために何度も何度も同じシナリオを読まなければならないシステムは正直に言って苦痛を感じたものの、スーパーファミコンにして、実写を用いた背景描写や、リアルな効果音、ここぞという時に躍動的に動くキャラクターシルエットのクオリティに惹き込まれた。

 当時中学生だったが、その頃にプレイした記憶を振り返ってみると、恋人の真里にスキーのストックで何度も刺されて殺されるというバッドエンディングが怖かった。マルチエンディングのサウンドノベルならではの一つの結末のあり方であったと思う。

 このゲームで脚本をつとめた我孫子竹丸に興味を持つようになって彼の本を少し読むようになった。他にもそういう人は結構いるらしく、ゲームの影響力はすごいものだな、と思わせられる。

千葉栄町


 mixiの千葉駅コミュニティを見たら千葉栄町のまちづくりのアイディアを募集しているトピックがあり、栄町をどのようにするべきかどのようにして欲しいかなどが話し合われていた。千葉市中央区栄町を舞台に、まちの賑わいを創出するアイデアを募集しているサイトも存在する。サイトによれば、ホテルの廃業や映画館・店舗の閉店でまちは急激に力を失っているとのこと。

 千葉栄町といえば、かつて東映パラス(映画館、現在は閉館)に映画『新世紀エヴァンゲリオン』などを観るために足を運んだ。当時から、失礼な言い方だがちょっと薄汚く物寂しい通りは治安も悪そうな感じがし、風俗店が多いことから歩くだけで背徳を感じた。

 千葉駅から「ぱるる」までは歩くが、そこから先となると通りたいとは思わない。さすがにこの年になって背徳を感じるとかそういうことではない。行ったところで関心を惹くものはないだろうなと道を行き歩く感覚からバイアスがかかるのだ。結局千葉駅から千葉中央駅までの道のりがメインになっている。

 さて、mixiのトピックではラーメン横丁のような食のテーマパーク、オシャレなカフェ、古着屋、スーパー銭湯、韓国人街、自然公園といったアイディアが出てきていた。どれも共通するのはコンセプトのあるまちづくりというものであった。また、風俗店が多すぎるのでどこか一箇所にまとめるとか減らすという趣旨の意見も見られた。

 昔、ススキノを歩いたが、風俗店と飲食店が併せて立ち並ぶ中に平然と若い女性や家族連れが歩いていたの見た。その感覚から、人通りの少ないことを風俗に転嫁する意見には違和感をおぼえる。

 ただ、ススキノが何となく歩いていて安全だし、開放的なイメージであったのに対し、栄町は危険で閉鎖的なイメージだと思う。

 とはいえ、あの狭苦しい地区をススキノにしろというのも無理があるわけで、僕としては風俗(アダルト)と共生できるゲーム・アニメの分野の専門店の誘致が面白いのではないかと考える。

 以前から思っていたのだが、千葉駅周辺でエロ漫画・エロ同人誌を買っている人はどの店で買っているのだろう。エロゲーはどこで買うのだろう。自慢ではないが、僕は千葉でエロゲーを買ったことはない。

 僕の知る限り千葉にエロゲーや同人の専門店は存在していない。が、需要はあると思っている。はっきり言うが、アニメイトは入りにくい。いい年こいてアニメイトなんかに入るなよと思われるだろうが、まさにそうした思いが自分の中にも渦巻いていて、これが秋葉原などだと他所の土地という感覚とまち自体がオタクに親和的な雰囲気で抵抗はないのだが、千葉はホームであるという意識が強くて、どうにも現在の千葉アニメイトの位置に立ち入ろうとすると羞恥心に苛まされるのだ(大袈裟)。

 と、まあ、僕の要望なのだが、若いゲームファンやアニメファンがもっとディープに趣味を堪能できるエリアがあれば面白いんじゃないかな、と。栄町のあの薄暗さはその受け皿に持って来いではないだろうか。

 でも現実、他の中心都市にあるオタク系ショップもそれほど商売が順調というわけでもないらしいし、厳しいんだろうなあ……。

【写真】 プーさん


 念願のデジカメをゲット! これでパチパチ写真を撮って載せることができます。

 まずはテスト撮影&投稿ということで年季の入った(?)くまのプーさんです。あまりにも年季が入りすぎているので、カラーではお見せできません。よって、画像編集ソフトでセピアをかけてみました。

 うーん、いい感じかも……。ちょっとプーさんのお顔が潰れていて痛々しいのですが……。

 ところでデジカメって高いんですねえ。撮った写真を保存するのに別途SDカードが必要になると言われて、実際のカメラ代+6000円ぐらいかかりました……。

【本】 『読め!』 (浜田雅功)

読め! 読め!
浜田 雅功 (1995/12)
光文社
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 ダウンタウンで相方の松本人志の書いた遺書がベストセラーになったことより「浜田さんもエッセイ書きましょうよ」と勧められて、浜田雅功がその気になって『女性自身』に95年掲載執筆していたエッセイを一冊にまとめた本である。

 松本人志の書いた本が自身の感性に依って思ったことをズバズバと毒舌風に書き松本人志独自の世界を作り上げていたのに対し、浜田雅功の書いた本は日常的なことが周りの人間に気を遣う優しい文で綴られている。普段きついツッコミをしている浜田だが、実はすごくいい人で家族思いなのだろうなあと感じられる本だ(Wikipediaによると実際そうらしい)。

 松本人志の本と比べると見劣りしてしまう感が否めないが、浜田雅功はドラマに歌にとマルチな分野で才能を発揮させた男である。本では松本人志の方に軍配があがるし、芸人としても松本人志の方が面白いと思うが、タレントとして浜田雅功が松本人志に劣っているとは思えない。

 僕がまだ学生だった頃、若い人にはエキセントリックな松本人志が受けたが、年を取ると浜田雅功のような厳しさの裏にきちんと温情が用意されていて、気配り上手、聞き上手で礼儀正しく、後輩への面倒見も非常によい人間の方が好感を抱くようになる、のかもしれない。

山谷えり子

 自民新総裁に安倍氏ということだそうだ。ネットでは麻生太郎の人気が高いようで、期待してたんだけど……という声も聞かれるが、まあ予想通りの結果ではある。

 小泉純一郎を強く支持していた人には悪いが、個人的には小泉竹中よりも安倍晋三の方が好感が持てる。稲田朋美の徴農発言などでネットの一部では安倍政権になると日本はオシマイだああだこうだと騒がれたが、テレビで横田さん夫妻が安倍晋三との連帯をアピールし、支持する発言をしているのを見ると、案外に安倍政権長く続くのではないかとも思う。小泉純一郎は「恐れずひるまずとらわれず」の姿勢で自分の信念を貫いた。そのブレのない姿勢を是非とも安倍晋三も受け継いでもらいたい。

 ところで、安倍晋三といえば保守的な家族観を持っていて、山谷えり子らと共にジェンダーフリー批判をしてきた。安倍晋三と山谷えり子は日本教育再生機構のブログに並んで祝電が掲載されるぐらいの思想的同志なのであろう。

 その山谷えり子がセクシュアルサイエンスの記事になっているので紹介する。
●誤った性的自己決定権

 次に山谷さんは,こうした性教育が成功したのか失敗した野か,簡単には判断できないが,次の結果をもたらしたのだ,と2種類の世論調査をあげる。

 1つは日米中韓の4カ国の若者を対象としたセックス観調査。「結婚までセックスをしないほうがいい」という設問に「はい」という回答は,日本では29%。アメリカは56%,中韓は80%だった。

 この結果は,一部の性教育でよく言われる「性的自己決定権」の影響なのか,あるいは日本社会の性情報の氾濫に原因するのかと山谷さん自ら問い,別の調査結果の説明に移った。

 警視庁の調査(注1)によると「見知らぬ人とのセックス」について,「本人の自由」とする中高生の回答は68%。また「お金をもらうのも本人の自由」とするのが45%だった。このように,日本の若者のセックス観は,一部の性教育が主張する「性的自己決定権」によって導かれていると山谷さんは結論づける。

 また,HIV感染が拡大していたルワンダでは,大統領の強い「禁欲」政策により状況が大幅に改善したと指摘する一方で,会場の性教育関係者への気配りか,次のようにも語った。

「性教育をするなというバッシングが起きている,と受け止めるのは間違いだ。私は性教育に反対していない。私は子どもの年齢にふさわしくない,親の理解が得られない,そういう性教育をやめてほしいと言ってるだけだ」。

 「なぜリアルな性教育をして親がこんなに怒るのか。それは性教育によって親子関係が破壊されるからだ。こうしたことにご配慮をいただきたい」。

 講演後の質疑では,「コンビニなどで中高生が買うコミックに性情報が氾濫している。この取締りをなんとかしてほしい」との要望が出され,賛意を示す20〜30人規模の拍手がこれに続いた。山谷さんは,みなさんの拍手に意を強くしたと応じた。

…………
(注1)警視庁の調査
 警視庁ではなく警察庁の青少年問題調査研究会による,中高生約3000人を対象とした調査。03年1月に発表。山谷さんが紹介した項目の詳細は次のとおり。

(1)同年代の女子が見知らぬ人とセックスすることに対して
   しても構わない        9.6%
   問題だが、本人の自由     58.1%
   してはいけない        31.8%

(2)女子が見知らぬ人とのセックスで小遣いを貰うことについて
   してはいけない        49.1%
   しても構わない        5.9%
   問題だが本人の自由      44.8%
http://www.medical-tribune.co.jp/ss/2006-10/ss0610-1.htm
 最近ちょっと流行の昭和ノスタルジー・美しい国・国家の品格……保守的な家族観は時代の要請ともいえるものなのかもしれない。小泉チルドレンがそうであったように、安倍ジャパンの誕生とともに、山谷えり子のような保守的な議員が注目を浴びる事になるのだろう。中でも山谷えり子は特に要チェックである(山谷えり子公式ウェブサイト)。

 安倍晋三と彼を支えてくれる保守系の人々の活躍に期待したい。

 でも個人的には美しい日本よりも明るく元気な日本の方がいいかなあ……。

【写真】 Google Earth


 先日日本語版が公開されて話題になっているGoogle Earthをパソコンにインストールして使用してみた。衛星写真と航空写真で世界中の風景を見ることができるというこのソフト、早速自分の地元の地名を入力する。……おおおおお、と思わず唸るほどの出来。結構楽しい。

 写真(画像)の中に僕の家があります。色が褪せているのはたぶん田舎過ぎてGoogleEarthもカバーできていないのだろう(か?)。わかっていたけど、改めて自分が田舎者だと思い知った今日この頃……。うーん、ちなみに市原だとぎりぎり八幡宿までは鮮明にカバーされているけど、五井から南の方は一部地域以外は色が褪せている。残念。

【本】 『遺書』 (松本人志)

遺書 遺書
松本 人志 (1994/09)
朝日新聞社
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 ダウンタウンの松本人志が1993年から1994年にかけて「週刊朝日」に執筆掲載したというエッセイをまとめた一冊。当時ベストセラーになって話題になったと記憶している。

 最近テレビを見る時間が少なくなった。特にバラエティ番組はほとんど見なくなったので、現在の松本人志とダウンタウンの人気は如何ほどなのかわからないが、エッセイが執筆されていた1993年から1994年、ダウンタウンの人気は凄かった。特に松本人志の芸には飛ぶ鳥を落とす勢いが感じられたし、見ていて自然に松本人志の世界に引き込まれた。本書の言葉を借りれば「いちばん敏感で、感性がピークに達している世代」つまり若い世代であったからこそ松本人志の凄さを理屈ぬきに理解できたのかもしれない。

 さて、本書であるが、かつての松本人志の勢いそのまま、毒舌そのまま、思うがままに書きたいことを書いているな、という感想を抱く。きつい物言いやそれはちょっと違うんじゃないかとツッコミたくなる部分があるが、それらをひっくるめて、良くも悪くも松本人志の感性のみで文章が書き綴られている。あとがきの、
 ぼくね、あんまり本を読まないんですよ。だから感覚だけで書いているんです。「何でああ書いた」って聞かれても、全然理由はないんです。辞書は調べますけど。基本的には、事前に何を書くかあんまり考えることもないんです。
 という文がやや言い訳がましいが、松本人志のセンスと勢いを十分に堪能できる良い本である。

 本書より松本人志の書いた女性に対する文章を一本紹介する。
【女がコメディアンとして天下をとれない理由】

 前に一度、「おもしろい奴の条件」というのを書いた。その中に”女好きである”というのがあった。そのことについて、抗議の手紙が何通か来た。「女好きの奴が、コメディアン・作家に向いているのだとしたら、女の私はダメなのか?」というような内容であった。
 なるほど、女好きの女というのもいるにはいるが、ちょっと意味が違う。
 それでは、女はコメディアンに向いてないのか? ということになるが、その答えは、ハッキリ言ってYESである。こんなことを書くと、「女性差別だ!」と言われるかもしれないが、そうなのだから仕方がない。
 ただ、ダメだとか、無理だと言っているワケではなく、向いていないと言ってるのだ。いままでがそうであったように、女のコメディアンが天下を取ることは、今後も絶対にありえないのだ(まぁ、コメディアンで天下を取ってやろうと思っている女もそういないだろうが)。
 もう一度書いておくが、これは女性差別ではない。むしろ、オレほど女性差別をしない奴もめずらしい。たとえば、男だろうが、女だろうが、ブサイクな奴には、ブサイクと言うし、太っている者は、男女問わずデブと言ってあげている。ちゃんと同じように扱っているのだ。
 女がコメディアンに向いていないのは、そう、宿命のようなものだ。たとえば、全身タイツでコントをやるにしても、胸がふくれているだけで、目がそっちにいってしまい気が散って笑えない。男はチンコを出して笑いを取れるが、女が(ピー)を出したら、立つ奴はいても、笑う奴はいない。最終的に隠さないといけない物があったり、守る物があるというのは、何にせよ説得力に欠けるのではないだろうか(ヅラをつけている政治家にも同じことが言える)。
 少し話がズレるかもしれないが、「朝まで生テレビ」を見ていて、女のコメンテーターがいくらいいことを言っていても、イヤリングやブローチ、化粧をしていると、なんか覚めてしまうのはオレだけなのだろうか? エラそうなことを言ったところで、しょせん、男を意識しとるがなと思ってしまうのだ。
 柔道などを見ていてもそうだ。男子は一生懸命さが感じられるものの、女子の道着のしたに着ているTシャツがどうも気になってしまう。一〇〇パーセント柔道に打ち込んでないやん、何パーセントかはチチ見えたら困るという気持ちあるやん、と思ってしまう(まぁこれはオレだけやろうけど)。
 結論に入るが、恥も外聞もなく、自分をさらけ出してなんぼのお笑い芸人にとって、見も心もスッパダカになれない”女”というものは非常に不利であり、ハンディがあまりにも多く、向いていないのではないだろうか。
 もし、女で天下を取ってやろうと思うのなら、化粧もせず、恋愛もせず、結婚はもちろん妊娠、出産もあきらめくらいの気持ちで、それこそ生理がきてもほっとくくらいの気持ちがでかからないと、男には勝てないのだ。少なくとも、この世界では。
 うーむ、と唸らせる松本人志の感性と毒舌ぶりであるが、個人的にはこの手の文章は松本と同じお笑い芸人であるビートたけしの方が一枚も二枚も上手だと思っている。機会があればビートたけしの本を取り上げたい。