コウイチブログ

本と映画と、ついでに市原市
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【写真】 ファミチキ





 ファミリーマ−トのチキン、ファミチキを食べました。骨なしで食べやすくなかなかのボリュームとサクサクジューシーな味で140円という手頃さは嬉しいです。ネットの一部ではケンタッキーのチキンよりも評判が良いらしいですけど、僕はさすがにケンタッキーに比べると味は劣ってしまうかなという感想です。

 下の写真はファミチキと一緒に購入したひじきと油揚げの根菜サラダに別売りの黒ごまドレッシングをかけたところです。結構、グロいです……。

太れない男

 以前にメタボリックシンドロームについて書いたことがあるが、最近は特にその言葉をよく耳にする機会が増えてきたように感じる。「メタボ」なんて略称まで出てきているけど、おいおい、メタボってなんだか格好よいネーミングだけど、要するに腹が出ている醜い人間が病気の恐れがあるって決め付けてしまっている基準なんだってことわかってるの? などと心の中で呟きながら、実は僕も昔すごく腹を出したことがあることを思い出した。

 僕は基本的に太りにくい性質で、食べても食べても体重が増えない。ある種の人間には羨ましく思われるが、僕はがっしりしたタイプに憧れていたので、一念発起、体重を増やそうとしたことがある。どうするかというと、当時適当に聞きかじっていた相撲取りの太り方の方法をためした。要するに食べて、寝る。食事は2食。これである。これを僕はひたすら繰り返した。食べるものはなるべくカロリーの高いもので、例えば一食で冷凍の200g以上の唐揚げチキンを全部平らげてしまったり、おやつに3連プリンを一度に全て平らげたりしていた。

 1ヶ月ぐらい繰り返したと思う。僕は異変に気づいた。それは腕などは全く変わらないのだが、お腹だけがやたらブヨブヨで少し背中を曲げると見事な三段腹になってしまっていた。これには驚いた。一番肉がつかなくていいところについていたからだ。僕は自分のお腹に恐怖を覚えて、次の日からダイエットに取り組んだ。なんて意味のないことをやっているのだろう、と泣きたくなった。

 食事は規則正しく、ところてんやこんにゃく系などなるべくローカロリーのものを中心にとり、筋肉を作るために低脂肪高たんぱくの食品を加え、腹筋運動と背筋運動を欠かさず、有酸素運動をして脂肪を燃やす、といったことを繰り返しに繰り返して、なんと、元のお腹よりも見事なお腹を手に入れることが出来た。

 そういった経験があるからだろうか、エロ動画でお腹がブヨブヨの女性のヌードを見ても性的興奮が得られない。メタボリックシンドロームには賛否両論があるだろうが、同性・異性問わず、お腹が出ているというのは著しく性的魅力を損なうと思うのだがどうだろうか。特に本気で自分の体を変えようと思ったことのある人間なら尚更であろう。

【本】 『ニューヨーク・シティ・マラソン』 (村上龍)

ニューヨーク・シティ・マラソン ニューヨーク・シティ・マラソン
村上 龍 (1989/09)
集英社
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 村上龍の短編小説集。

・ニューヨーク・シティ・マラソン
・リオ・デ・ジャネイロ・ゲシュタルト・バイブレイション
・蝶乱舞的夜総会
・ハカタ・ムーン・ドッグ・ナイト
・フロリダ・ハリー・ホップマン・テニス・キャンプ
・メルボルンの北京ダック
・コート・ダ・ジュールの雨
・パリのアメリカ人
・ローマの詐欺師

 以上の9編の短編小説が収録されている。題名を見ただけでは全くどんな話かわからないのがワクワクさせる、というのが村上龍ファン的にあるべき姿なのかもしれないが、僕はB級映画を見るように恐る恐るページをめくった。意外と面白かった。題名は訳が分からないが、内容は他の村上龍小説の流れに沿っているものであった。そういう意味で、目新しさがなかったのは残念だったが、一つ一つの話がうまくまとめられており、読者として村上龍の世界に引き込まれていった。

 ただ、村上龍は本作を書くにあたって、海外の人間、特に、とりあげた土地で育った人間を意図的に主人公にしてみたらしいが、価値観や考え方というのがいくらグローバルとはいえ、少し日本人的すぎるような気はした。通信手段や交通機関、つまりテクノロジーの発達によって全世界をある共通の価値観が被いつつあるという村上龍の見方は説得力があるが、僕はグローバルスタンダードというのは、田原総一郎なんかの言葉を引くまでも無く、日本や中国やアメリカなどのそれぞれのスタンダードがひしめきあって、価値観同士が闘いあって生まれるものであると思っているので、単純にテクノロジーが発達したから、全世界の価値観が共通になるというのは少し違うのではないかと思う。頓に情報技術が発達し、インターネットが普及した現在では、むしろ、価値観に対して、閉鎖的強硬的な姿勢が目立ってきているような気がしてならない。

 まあ、でも、繰り返すが、本作は結構面白かった。村上龍が書いて、山田詠美が解説に出てくる。そんな小説だが、そんな小説を書く村上龍が好きだ。

【写真】 ポカリスエット



 ひさしぶりに飲んだら割と美味しかったポカリです。ただ、今のように洗練されたスポーツドリンクが多様に揃っている状況の中で比べるとちょっと甘みが強すぎて劣ってしまっているかな、という感じです。スポーツドリンクは、水っぽいんだけど水じゃないんだな、というぐらいの甘さがいいです……。

【映画】 『ドラえもん のび太とアニマル惑星』

映画ドラえもん のび太とアニマル惑星 映画ドラえもん のび太とアニマル惑星
藤子・F・不二雄、 他 (2002/11/20)
ポニーキャニオン
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 映画ドラえもんシリーズにありがちといえばありがちなのかもしれないが、本作は環境問題に対しての警鐘が強く鳴らされており、のび太のママが裏山にゴルフ場が建設される計画があることを知り町内会の一員として反対活動をするシーンを皮切りに、のび太たちが活躍する舞台となるアニマル惑星は高度に文明が発達していて自分達の住む環境を汚さないような方向性への科学技術の進歩がされていて、また、そのアニマル惑星に侵略するニムゲの星は対照的に先祖が環境破壊に核戦争にと邁進してしまったために人が住むに堪えない酷い環境になっている星に描かれている。そして、アニマル惑星の危機を救うと時をほぼ同じく映画の最後ではのび太のママが見事にゴルフ場の建設計画を勝ち取っている。一連の流れから、本作では常に制作者側からの環境についての直接的なメッセージが流されており、やや押し付けがましいとすら感じてしまったほどだった。

 しかしその説明臭さの一方でアニマル惑星に溶け込むために動物に扮するのび太たちの姿が愛らしく描かれており、アニメ映画というエンターテイメントの枠の中でなかなか楽しめる出来にはなっている。

【写真】 君津の花寿司



 花寿司ゲット! JAきみつの味楽囲おびつ店のものらしいです。生産者の欄に田中ヨシさんと記入されてました。地元のお婆ちゃんでしょうか。とっても美味しい花寿司でした♪

【本】 『蹴りたい背中』 (綿矢りさ)

蹴りたい背中 蹴りたい背中
綿矢 りさ (2003/08/26)
河出書房新社
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蛇にピアス』と同時に芥川賞を受賞したのが綿矢りさの『蹴りたい背中』であった。そういうわけで2004年3月号の文藝春秋を購入した当時、金原ひとみと綿矢りさを比べてしまったもので、将来に渡って本を購入するということでどちらかの作家に投資を続けなさいと言われたならば、金原ひとみを選択しただろうが、見た目は綿矢りさ、受賞作品の内容も綿矢りさ、に軍配を上げていた。見た目もそして作品の内容も若さあってこそ、ではあったが、若さを巧く利用するのも立派な才能であろう。

 さて、本作であるが、等身大の(女子)高校生を非常に巧く描けているというところで評価できる。もっとも本作でいうところの等身大の、とは蛇にピアスと同じように社会に馴染めないという属性を纏った者として、である。よって、Amazonのレビューにもあるように「恵まれた思春期・高校生活」を送ったものには理解しがたい想念が描かれているのかもしれない。ただ、僕が怖いな、と思うのは、本作のように内にこもってしまうタイプのキャラクターに対して「理解ができない」という理由でつまらないという感想を下せてしまうところだ。もっといえば、金原ひとみのように適応できない結果としての、ピアスや刺青そしてセックスはわかるけど、内にこもるタイプはわからない、というのが怖い。そういう「恵まれた高校生活を送ったタイプ」は、最近喧しいいじめ問題について何が語れるというのだろか。

 ただ、では本作が文学作品として面白かったかというと話が別になる。高校生的な視点で描けているが、思慮の浅さ、世界の狭さまでもが高校生的になってしまっていて、そのぶん、僕自身が高校生活の時に描いていた想念と照らした時にリアルに感じられたが、一方で、その高校生活の中における緩さ、金原ひとみのように完全にドロップアウトしきれていない中途半端さが、それもまたリアルなのかもしれないが、文学作品として読んだときにあまりにも退屈なのだ。

 クライマックスに、お近づきになったオタク少年の背中を蹴りたいという心情吐露の際の「愛しいよりも、もっと強い気持ちで」という部分を読んだときにそのあまりに陳腐さで平凡な青春小説と化したことにがっかりしてしまった。高校生の思慮の浅さであるからこそ許されるのかもしれないが、あえて文学的に突き詰めてしまうと、思慮が浅く、世界が狭いからこそ、性的行為にこそ及べるかもしれないが、恋愛はできないのではないか、まかり間違っても「愛しいよりも強い気持ち」などとは書けないと思うのだ。愛しいよりも強いのはせいぜい復讐欲求ぐらいではないか。

【写真】 ウィンナ・ティ



 実は、ずーっと前にウィンナ・コーヒーって喫茶店のメニューで見てウィンナーが浮いてると思ったという漫画みたいなボケかましてたことがありました……(本当)。それはともかく、ウィンナ・ティを頂きました。クリームのコクとまろやかさが効いていて、大変美味しいです。コカ・コーラ社の小さい缶の高級そうなミルクティーとかよりもずっと美味しいです……。久々に大当たりでした。

 隣に写っているのは板チョコイチゴメロンパンです。ファミマで購入しました。うーん、これまでにも何度か書いたような記憶があるのですが、僕はメロンパンはシンプルなスタイルを徹底的に極めてあるタイプのものが好きなんです。写真の製品は実際にパン生地からはイチゴの風味がしますし、中にホイップクリームと一緒に板チョコが挟まっているというアイディアは斬新なのですが……、というか斬新すぎるような……。うーん。残念な出来です。でもこれだけ凝った出来で115円はすごいなと感心はしました。

【アニメ】 『ドカベン』

ドカベン DVD-BOX (初回生産限定) ドカベン DVD-BOX (初回生産限定)
水島新司、 他 (2003/02/26)
エイベックス・マーケティング・コミュニケーションズ
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 Gyaoで毎週土曜日になると更新されるアニメコンテンツを楽しみにしていたことを告白する。ドカベンである。毎週4話ずつ更新されていたのだが、とうとうこの度最終回である第163話の放映と相成った。ほぼ全てを視聴した身としては今回のGyaoにおけるドカベン全話放映完了は感慨深いものがある。

 アニメで見たのは今回が初めてだったが、ドカベン自体は漫画で全て読んだ。小学生の頃、ちょうど図書室に漫画が導入され始めたときだった。恐らく、読書離れに歯止めをかけようとか、図書室に足を運んでもらおうという試みなのだと思う。『火の鳥』や『ブラックジャック』や『サイボーグ009』や『はだしのゲン』なんかと一緒に『ドカベン』が置かれて、男子は皆夢中になったものだった。勿論、僕もだ。本作に触れる事によって本当の意味で野球をしている漫画というのを初めて読んだ気になった。キャッチャーの山田太郎が投手をリードする駆け引き、バッターとしてどの球が来るのかを待つという駆け引きや、緻密な作戦、そしてルールなど様々な野球そのものの面白さが散りばめられているのだ。

 さて、アニメ版であるが、1976年から1979年までに放映されたというが、年月を経ても色褪せない魅力を感じた。意外であったのは、アニメ版は山田太郎が2年の夏の甲子園で弁慶高校に負けるところで終わっているところだった。これは当時視聴していた子ども達からすればショックだったんじゃないだろうか、などと余計な心配をしてしまったぐらい意外であった。

 アニメ版ドカベンの、いや、漫画を含めたドカベンのエピソードで一番好きなのは何といっても山田が2年の夏の地区予選決勝で甲子園の切符をかけて横浜学院と対戦するところである。山田太郎を徹底的にマークしながら様々なことを吸収して山田二世とまで言われるようになった谷津の成長ぶりもさることながら、やはりエースの土門と山田太郎の対決が印象的である。9回裏二死一塁の場面だ。バッターは山田太郎。投手は勿論、土門剛介。カウント追い込んでの勝負の一球、土門は山田との勝負のために谷津にストレートを要求をする。しかし、谷津はチームの勝利が先決だとし、シンカーを要求する。サインに肯く土門。本当はストレートが投げたかっただろうに、山田を倒すためだけに練習をしてきたのだから……、とこの時点で既に視聴者として感情移入が激しくなるのを抑えられない。そして、土門の投げたシンカーは見事に山田太郎のバットを空を切って谷津のミットに吸い込まれる。とうとう明訓敗れたり! そう思った瞬間だった、なんと谷津はボールをミットから落としてしまい、判定はファールになってしまうのだった。実はバットにわずかにかすらせていた山田太郎お見事なり! というところなのだが、チームのために自分を捨ててシンカーを選択した土門の方に勝って欲しかった僕としてはもう悔しくて仕方がなかった。結局、この後、谷津・土門のバッテリーは山田との駆け引きに敗れ、同点に追いつかれた後、延長戦で岩鬼にサヨナラホームランを打たれてしまう。なんでだ、と憤り、常勝明訓よりも絶対に土門の方が魅力であると思ったものだった。そしてその常勝明訓がその後、すぐに弁慶高校に負けたときはちょっとだけ嬉しかったが、その一方でどうせ明訓負けさすなら土門に勝たせてやってくれよー、なんて思った。

 と、長々と書いたが、それぐらい好きなのだ。ああ、青春のストライク。

【写真】 粉末寒てん



 牛乳で寒天を作りました。さっぱりしていてクリーミーで美味しいです。

【本】 『死国』 (坂東眞砂子)

死国 死国
坂東 真砂子 (1996/08)
角川書店
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 本作が映画化されたものを高校生の頃に観た。『リング2』と併映されていたように記憶している。リング2目当てであった僕には退屈極まりない映画であり、ほとんど寝てしまっていた。

 映画の記憶を反芻しながら、今回、原作となった小説を読んだわけだが、小説の方は映画の時のような退屈さはなく話の世界の中にうまく入り込むことが出来た。四国八十八ヶ所を逆に回るという「逆打ち」を行ったことにより死んだ人間が甦るという設定は大変興味深いものであった。四国という限定された舞台のドラマなのだが、主人公が東京からやってきた人間という事で土俗から一歩引いたところから物事を見つめられている点になっていて読者にとってあまりにもかけ離れた世界の話とは思わせないように描くことに成功しているのも良い。

 ただ、あまりにも気になったのは登場人物の低俗さだ。恋や愛が一つ二つ描かれているのならそれほど気にならないが、本作の場合、出てくる登場人物全てが自らの劣情に抗いきれていないのだ。抗いきれていない、というよりも、性欲・性的体験を曝け出し過ぎている。年寄りの婆さんが畑仕事をしながら若い頃に付き合って性交した男との思い出を反芻していたり、中年の看護婦が植物人間になった患者の性器を弄んでいたり、それしかないのかと、読者としてはいやになってしまう。

 もっとも、ウィキペディアによると著者は
20世紀末 - 21世紀初頭の日本人の前向きな実感は食欲と性欲しかないのではないか、という主観のもと、表現を続ける。著書『愛を笑いとばす女たち』の中で、「すべての男は、私だけに夢中になってほしい」「どんな女も、心の中にはこんな願望を抱えている」「つつましい女は『すべての』とはいわないで、『せめて一人の』と言い換えるだろうが大差はない」と語る。
 らしいので、本作のような内容なのも致し方ないのかもしれない。なんというかギャルゲー的だな、という感想だ。

 ところで坂東眞砂子といえば、猫殺しで話題になったが、僕はその時、初めて坂東氏の写真を見ることになった。はっきりいって美人ではない。美人ではない女性の歪んだ欲望がひしひしと伝わってくる本作は気持ちの悪さを感じたが、例えばジャングルジムの姫のエピソードで、いつも侍女の役で男子が取りあう姫の姿を見ることの辛さなどというのは本物の不細工にしかわからない気持ちなのかもしれない(くらたまなんかには実感としてわからないだろう)し、そこを巧みに突けているという点は見事だ。

 子どもの頃器量の悪かった女性が東京で垢抜けて高知に戻り、羨望の視線を浴びるというのも著者の欲望が捌け出された設定だろう。果たして高知県出身の著者は現実に垢抜けて羨望を浴びることが出来たのだろうか、村上龍ではないがまさに想像が恐怖を生む。坂東氏の顔を思い浮かべながら本作を読んだ時、一級の恐怖小説に昇華する。言うまでもなく、性的魅力のない女性への恐怖である。ただ、最近流行っている「萌え」のコンテンツはもしかしたらそういう恐怖、自身の性的魅力の無さがもたらす歪んだ欲望がもたらしているのかもしれない、とすると、坂東的主張の気持ちの悪さを男という一方の視点だけで責めるのは酷か。

【写真】 ファンタホワイトバナーナ



 ファンタのヨーグルト風バナナ味です。ヨーグルト風味のファンタにバナナの香りを足したようなものでした。バナナ系統の味は大好きなので、もう少しバナナの味がアピールしてくれたらリピートしてもよいかなとは思いました。

 隣に写っているのは湯布院のプリンです。130円ぐらいでした。手ごろな値段の割に出来はなかなか良くて、とろーりとした舌触りと牛乳の濃厚さを感じさせる味はパッケージの凝り具合に負けてません。ただ、僕は普通のカスタードプリンならケーキ屋で200円とか300円出しても良いのを食べたいと思うのですが、牛乳プリンはチープな味で、例えば明治や森永のように弾力があるものの方が好みなのです……。

【映画】 『ドラえもん のび太のドラビアンナイト』

映画ドラえもん のび太のドラビアンナイト 映画ドラえもん のび太のドラビアンナイト
藤子・F・不二雄、 他 (2002/11/20)
ポニーキャニオン
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 本作が公開された91年当時、僕は10歳であったが、ちょうど本作の原作となった漫画が掲載されていた頃からコロコロコミックを読み出した。そういう意味で思い出深い作品ではあるのだが、作品そのものとしては他のシリーズと比べるといまいちであると感じた。

 絵本の世界に入ったまま閉じ込められ奴隷の身になったしずかを救うという設定は男として疼かせたし、しずかの母親に対して申し訳なく思うのび太のシーンは切ない。しかし、奴隷や砂漠など極限状態シーンの描写が子ども向けにしては残酷さが溢れていて、ドラえもんらしいユーモアがあまり映えていなかったような気がする。シンドバッドの黄金宮殿が盗賊たちに乗っ取られてからクライマックスまでに至る場面も盛り上がりに欠けていて残念だった。

【写真】 北海道ホワイトカレー



 ハウスのホワイトカレーです。いやー、びっくりしました。なにがって、レトルト買ったと思ったら固形ルウを買っていたことに……。

【映画】 『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ』

映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ 映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ
臼井儀人、 他 (2005/10/28)
バンダイビジュアル
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 映画の世界の中に引き込まれてしまったしんのすけ達の活躍を描いた作品。

 西部劇映画の世界の中の作用で現実世界の記憶を失ってしまった仲間達と記憶を失わないように強い意志を持ち続けるしんのすけとの対比が面白い。現実世界よりも映画の世界の方が楽しくてなかなか現実へと戻りたがらないといった描写などは『オトナ帝国』と共通しているが、オトナ帝国における「懐かしさへの惹き込まれ具合」が切実に一人の視聴者として肌に感じられたのに対して、本作における「仮想現実世界への惹き込まれ具合」というのは必ずしも理想ではなくむしろ過酷な世界に描かれているのが原因なのかもしれないが、感情へ直に伝わってこなかった。

 しんちゃんらしさはきちんと存在していてギャグアニメとして楽しめる上に感動的な要素も付け加えられているが、やはり夕陽や現実逃避といった要素がどうしても比べさすのであろうか、オトナ帝国の方がスマートで感動的にまとめられている分、その名作には見劣りしてしまったというのが正直な感想である。ただし、本作にはしんのすけを始めとしたカスカベ防衛隊の派手なアクションシーンが用意されているので、子どもの視点ではもしかしたら本作の方が楽しめるのかもしれない。

【写真】 喫茶店の味ココア



 守山乳業の喫茶店の味ココアです。ほほお、これはこれは……といっても、喫茶店でココアを飲んだことがありません……。えーと、とにかく苦くて味が濃いです。苦味があるのは良いのですが、甘みが強くて喉にきついので結局牛乳で割って飲みました。

【映画】 『ドラえもん のび太の恐竜』

映画ドラえもん のび太の恐竜 映画ドラえもん のび太の恐竜
藤子・F・不二雄、 他 (2001/03/14)
ポニーキャニオン
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 何といっても映画ドラえもんシリーズの記念すべき第一作目であるというのだからそれだけで評価すべきなのかもしれない。

 テレビの懐かしアニメの特番などで有名な場面としてのび太とピー助の別れがある。実際本作を観てみると、愛情をたっぷり注いで育てたピー助との別れと、最後まで親として振る舞うことの出来たちょっぴり大人ののび太の姿が感動的ではある。

 ただ、やはり古い作品ということで粗さが感じられる。話の展開が退屈であり残念な出来ではあるが、昔ののび太やドラえもん、スネ夫、ジャイアン、しずかちゃんなどの関係とその後の年月を経て洗練されたドラえもんシリーズのそれとを比べてみるという視点で見ると、色々と変わっているところがあったり、やはりドラえもんらしくて変わっていないところであったり、と色々な発見が出来て楽しむことができる、かもしれない。

【写真】 瀬戸風味



 これがあればおかずはいらない……三島食品の最高傑作、その名は瀬戸風味。

小笠原、巨人へ

【日本ハムからFAの小笠原、巨人入り決意「最大限の評価」】
 日本ハムからフリーエージェント(FA)宣言した小笠原道大内野手(33)は22日、巨人と2度目の交渉を行い、4年契約で入団を決意した。巨人の清武英利球団代表らとの交渉を終えた同選手は「最大限の評価をしてもらいうれしい。巨人にお世話になると思います」と語った。
 小笠原は今シーズン、本塁打、打点部門でパ・リーグの2冠を獲得するなどチームの44年ぶりの日本一に貢献、日本ハムも交渉しているが、ここまで残留を示唆するような発言はなかった。
(サンケイスポーツ)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/npb/28631/
 予想通りといえば予想通りではある。小笠原としても家族が千葉に住んでいる関係で在京球団への移籍を希望していたようであるし、条件に合致する巨人が最高の評価をしてくれたとなれば、当然の移籍とはなる。

 しかし、巨人への移籍というのは少々残念ではある。それは僕がアンチ巨人であるということも多少は関係しているし、また、ややコンサバティブな考えも関係しているのかもしれない。だが、例えば僕は巨人とイ・スンヨプの大型契約を評価している。今後、海外(メジャー)への日本人のスター選手流出は避けられないだろうが、日本人がメジャーに憧れるように、逆に海外の国の選手が日本でやりたいと思ってもらえればまだまだ活路が見出せると考えているし、また、そのためにもWBCなどの国際大会では是が非でも勝って日本の野球のブランド価値を高められるような体制を整えるべきだとも考えている。

 その上で、巨人のやり方というのは、日本の野球というもののレベルを引き上げるという視点で見たら、やはり納得できない。大体、長嶋の頃からやってきた全員4番・全員スターで常勝などというのは夢物語であるのはもうとっくに分かりきっていることではないか。それをやってきたツケとしての結果がここ数年の低迷となって表れている。補強した選手が怪我した後のポジション、補強ができなかったポジションなどのプレイヤーのレベルの低さが若手が育っていないことを明らかにしたではないか。

 もはや巨人のような野球こそが古臭いということになっているのに抜本的改革を行わず、金とチームブランドに任せて見境の無い補強を繰り返すやり方は、巨人というチームだけではなく、日本のプロ野球そのものをも殺しかねないだろう。

 日本ハムは戦力の流出で厳しい状態になるだろうが、小笠原のような球界を代表するバッターを輩出した球団ということに誇りを持って、第二、第三の小笠原を育成して欲しいと願う。

【本】 『だいじょうぶマイ・フレンド』 (村上龍)

だいじょうぶマイ・フレンド だいじょうぶマイ・フレンド
村上 龍 (1985/10)
集英社
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「夢を見てました、ドクターと知り合う前の夢です」
「そうか」
「女を、女を裸にしている夢だった」
「眠った方がいいぞ」
「Tリングを入れてから、俺は少し涙もろくなったね、おかしいな、今、俺は俺が殺した女のために泣きたいんだ、おかしいですか?」
「おかしくはないさ、涙もろくなるのは自然だ、心が平安になっているからね、Tリングを入れたら豚だって牛だって、餌を貰うだけで目から涙を流すんだからね」
「俺はあんたに感謝してます、ドクター」
「もう、眠った方がいいよ、私はずっと付いててやるから」
「ドクター、本当に女の子宮がいらなくなる日が来るんですか?」
「もうそこまで来てるよ」
「痛快だなあ、女はびっくりするでしょうね、ドクター」
 というわけで、村上龍が若かりし頃に書いたというSF小説だ。コミカルでポップだとは感じる。それでいて村上龍らしいメッセージ性も兼ね備えていて、それなりに読ませてしまう。だからこそファンを悲しくさせてしまった小説だった。つまらないからだ。村上龍のつまらない小説に対して言えるが、感性の豊かさを超えようと知性が無理に前面に押し出てくるからギクシャクして退屈になってしまう。

 それでも精神の極限状態を描いた『五分後の世界』などはまだ良かった。無駄なことを考えないということによって、ボロが出てきていないからだ。しかし、本作のように安定的な精神状態の中で繰り広げられる劇では、ボロが出すぎている。人は誰でも自分の中の道徳規範を用いてファッショに物事を考える。具体的にはみだりな性などを嫌う道徳規範に対してはそんな道徳誰が決めたんだと反発するが、一方で女の子を殴ったりすることは卑怯で絶対にやっちゃいけないなんて恥ずかしげも無く言うことが出来てしまう。エゴをむき出しにするというのが村上龍らしいのではあるが、自身の持つ道徳の滑稽さというものに対してあまりにも無自覚に創られていて、本作のキャラクターはどれも軽く、また作品全体も軽く感じられた。

 Tリングをつけ、興奮を抑えることによって心の平安を保つ人間を異様な人間として描き、管理してくれる人間がいなくなると次々と死んでしまうという残酷な結末をTリングの人間に対して村上龍は神として与えるが、その一方で、愛する者の最後でも死骸は醜いという感情をストレートに表現をし、死骸の処理を事務的にこなせてしまう「まともな人間」として描かれたミミミはあまりにも虚無な存在として僕には感じられたのが皮肉的ではあった。

 ところで本作は、映画の原作として書かれ、そして本作と同時に村上龍自身が監督をした同名の映画が制作されたらしいが、恐らく、というか絶対につまらないのであろう。

【写真】 冬のコアラのマーチ キャラメルミルク



 コアラのマーチのキャラメルミルク味です。ホワイトチョコ系は大好きなのでそれだけでグッドなのですが、キャラメルの香りが甘さとして少ししつこいような気がしました。

民主党も恥ずかしくなった?

読売新聞社説より
[審議復帰へ]「民主党も恥ずかしくなった?」

 「審議を尽くせ」と言いながら、審議を拒否する――。国会を空転させてばかりいたかつての社会党のような姿に、民主党もさすがに恥ずかしいと思ったのだろう。

 衆院での与党による教育基本法改正案の採決を不服として国会審議を全面的に拒否していた民主党など野党各党が、きょうにも国会の正常化に応じる見通しとなった。

 この間の民主党の国会対応は、参院特別委員会への委員推薦を拒み、教育とは何の関係もない法案の審議にも応じないなど、旧社会党が常套(じょうとう)手段とした抵抗戦術そのものだった。

 小沢代表はかつて自著の「日本改造計画」で、「過半数が賛成している案を、少数のダダっ子がいて、その子をなだめるために、いいなりになってすべてを変えてしまう」のは「少数者の横暴」だと批判していた。

 小沢代表としても、まさに「少数のダダっ子」としか形容しようがない国会戦術を、いつまでも続けるのは難しかったということではないか。

 そもそも民主党は、教育基本法の改正に賛成の立場だ。現に独自の改正案を国会に提出している。それなのに、改正そのものに反対の共産、社民両党と一緒に審議拒否戦術をとってきた。

 「来年夏の参院選をにらんで、与党との対決色を強めていく。政局に利用できるものは何でも利用する」――。こんな発想で野党共闘を重視したのだろう。

 だが、野党統一候補を擁立して臨んだ沖縄県知事選は敗北に終わった。党内にも、基地反対を掲げる候補を支援することに、「我々の安全保障政策への重大な疑念を招くことになる」と危惧(きぐ)する声が出ていた。政策抜きの“野合”を優先したことも、敗因の一つではないか。

 民主党の若手から「抵抗野党からの脱却」を基本とする本来の姿に戻るべきだとの声が強まったことも、国会正常化への方針転換を促したのだろう。

 民主党は、防衛庁の「省」昇格関連法案でも、いまだに法案への賛否をはっきりさせていない。これも、法案に絶対反対の共産、社民両党との関係にヒビが入ることを恐れてのことだろうが、民主党内には「法案が採決されれば賛成する」と広言する議員は数多くいる。

 基本政策で相いれない党との共闘は、かえって党内の混乱を誘うだけだ。

 教育基本法の改正や防衛「省」昇格のような国の基本にかかわる法案こそ、民主党が建設的な論戦をリードすべきではないか。それこそ、真の責任政党の取るべき態度である。
 朝日のタウンミーティングやらせ問題糾弾キャンペーン並にしつこい読売の教育基本法改正賛同キャンペーンであるが、まあ、それなりに良いことを言っていると思う。

 確かに民主党がおかしいと感じる。審議を尽くせ、とは僕も思うが、そう言いつつ審議を拒否するというのは(如何なる理由でも)誤っている。

 ところで、だ。話は変わるが、目的のために手段を選ばないといえば、最近ではやはりオタクだろう。選挙のために社民・共産との野党共闘を重視した民主党が散々叩かれているが、オタクなんかでも普段保守っぽいことを言っている人間が、表現規制の問題になると急に社民の保阪展人あたりを支持してしまうからこの問題はとても面白いと感じる。結局自分たちの利益のためならば、広い視野など簡単に捨てることが出来てしまうのだろう。ゲーム・アニメなどは特に子ども達に深く関わってくるコンテンツである。また、幼児を性愛の対象に見做している人間の欲求を満たすコンテンツもアニメやゲームの中には存在している。誠実に教育を論議するのであれば、当然そういったところも含め、包括的に議論がなされるべきだろう(念のために言っておくが、僕は安直に表現に規制をかけよと主張しているわけではない)。

 読売新聞は社説を読む限りでは最近は漫画やゲームについてはだんまりだが、本当に教育、ひいては子ども達のことを考えているのなら、そういったところにも深く切り込んでいって欲しいと願う。所詮産経には出来ないことを読売には期待したい。

【映画】 『鮫肌男と桃尻女』

鮫肌男と桃尻女 鮫肌男と桃尻女
浅野忠信 (2000/03/31)
ビデオメーカー
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 公開された当時、かなり良い評判を耳にしたのをおぼえている。実際、本作には多くのファンがいるらしく、Amazonなどでも高い評価を得ているようだ。しかし、僕自身はあまり楽しめなかった残念な作品であった。

 ストーリーは、ヤクザの金を持ち出して逃亡中の鮫肌男と勤めているホテルと男から逃亡中の桃尻女の二人が出会い、ヤクザそしてホテルの支配人からのバイオレンスな逃避劇を繰り広げるというもの。

 本作の特色としてはキャラクターがやけに人工的に、漫画的に、コメディドラマ的に特徴付けられている、また、話自体もそれに引っ張られていてキャクター性を作品の前面に押し出している点が挙げられる。よって、キャラクターを好きになれるかどうか、で作品の好き嫌いも分かれるかもしれない。

 観ていて、シュールなギャグやそれまで活き活きとしていたキャラクターがあっけなく死ぬところなどが面白いが、アクションを含め総じて雰囲気としてはビートたけしなんかの映画に似ているところがあるかな、と感じた。ただビートたけしの映画が根底に哲学めいたメッセージの線が張られていて観ている者を考えさせ、あっけない人の死にもそして笑いにもどこか憂いのようなものを感じさせ作品がどうしても暗くなってしまっていたのに対して、本作はストーリーも感動も死もスタイリッシュに仕上げられており、小難しいところがなく、どこまでも軽く、何も考えずに観ていられるので明るく感じた。どちらが好きかといえば、残念ながら僕は芸術性を感じるビートたけしではあるが、エンターテイメントとして本作は、どちらかといえばあざとい若者感覚に合わせられるようなものという意味で評価できる。

【写真】 牡蠣フライ



 牡蠣の季節ですね。そんなわけでカキフライです。……うーん、スーパーのカキフライならこんなものかという味でした……。タルタルソースの方が美味で味わえたぐらいでした……。

デートを邪魔され長男を暴行、だって

【デートを邪魔され長男を暴行…秋田4歳男児殺害事件】
 秋田県大仙市の4歳男児殺害事件で、母親の進藤美香(31)と交際相手の畠山博(43)の両容疑者が殺人容疑で逮捕されて20日で1週間。県警は、車内デートを邪魔されたことに腹を立て、暴行した衝動的な犯行との見方を強めている。
 これまでの調べでは、2人は10月22日から進藤容疑者の長男、諒介ちゃん(4)を連れてドライブ。1泊して翌23日、同市の駐車場に止めた車の中で諒介ちゃんが駄々をこねて激しく泣いたことに立腹、突発的に暴行したとみられる。
 その後、進藤容疑者が瀕死(ひんし)の諒介ちゃんを自宅近くの用水路に放置。水深わずか数センチだが水を飲んで窒息死したとされ、頭の亀裂骨折などが暴行の激しさを物語る。
 進藤容疑者は接見した弁護士に「暴行がばれるのが怖くなり(ぐったりした体を)隠そうと思った」と話したという。
(サンケイスポーツ)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/crime/28423/
 これはひどい。政府の教育再生会議では規範意識を身につけさせることを目標に掲げている。教育基本法改正には躊躇う僕だが、こういう事件が減るのなら、こういう辛い思いをする子どもが減るのなら、馬鹿な女の自由や人権の抑圧なんてやむをえないをえないと、そう思ってしまう。突き詰めれば性の問題になる。もうすぐクリスマスだが、性は大きな悦びがあるが、根本的なところで自分の中の欲求に克てないと悲しみや怒りをもたらすことがある、ということを知るべきだろう。ビートたけしは女性器を核兵器に喩え、誰もあれには勝てないと自身の著書に書いているが、その核兵器の使い方を誤らないで欲しいと僕は願う。

【映画】 『ドラえもん のび太のパラレル西遊記』

映画ドラえもん のび太のパラレル西遊記 映画ドラえもん のび太のパラレル西遊記
藤子・F・不二雄、 他 (2002/07/17)
ポニーキャニオン
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 西遊記の世界を題材にしているので馴染みやすい作品である。

 全体的にはうまくまとめられていて面白い。ただし、『魔界大冒険』にもあったが、絶対絶命で視聴者としてはこれをどうやって切り抜けるのだろうという期待がある場面で何の脈絡もないドラミが登場して窮地を救ってしまう都合の良さが気になった。

 本作で一番良かったのは、過去の世界が妖怪に乗っ取られてしまったために現代ののび太達の家族も妖怪になってしまっており、いつもの家族の様子との違いに怯え悲しむのび太達の姿を伏線にし、全てが解決した後、現代に戻り、家族の姿がいつもの通りだったことにそれぞれのキャラクターが感極まって家族(母親)に抱きつく姿が描かれたエンディングシーンの部分だった。何気ない日常、当り前のように傍にいる人達がどれだけ大事な存在であるかということを示唆している。

【写真】 マルコメかに汁



 手軽に味噌汁! 手軽に日本の味! かに汁美味しいです。

【本】 『絵のない絵本』 (アンデルセン)

絵のない絵本 絵のない絵本
矢崎 源九郎、アンデルセン 他 (1952/08)
新潮社
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「ここのすぐ近くの、せまい小路で−−そこはとてもせまいので、わたしは家の壁にそってほんの一分間しか光をすべらせることができません。でもその一分間に、そこに動いている世間を知るのに十分なものを見るのですが−−わたしは、ひとりの女を見ました。十六年前には、この女はまだ子供でした。そして、田舎の、古い牧師の家の庭で遊んでいたのでした。バラの生垣は古くなって、もう花ざかりをすぎていましたが、道の外まで生いしげって、長い枝をリンゴの木立の中までのばしていました。まだあちこちに咲きのこっている花もありましたが、花の女王にふさわしいほど美しくはありませんでした。それでも、色もありましたし、香りもありました。しかしわたしには、牧師の小さな娘のほうが、ずっと美しいバラの花のように思われました。その娘は、のびにのびた生垣の下の、足台に腰かけて、厚紙でこしらえた人形の、へこんだ頬にキスをしていました。
 それから十年たって、わたしは、その娘をもう一度見ました。こんどは、はなやかな舞踏室にいるのを見たのです。そのときは、ある金持の商人の、美しい花嫁になっていたのでした。わたしは娘の幸福をよろこんで、静かな夜ごとに、たずねてやりました。ああ、それにしても、だれひとりとして、わたしの明るい眼と、わたしのたしかな眼差しとを、考えてくれる者はありません! わたしのバラの花も、牧師の家の庭のバラの花とおなじように、ずんずん若枝をのばしていきました。
 日常の生活にも、悲劇があります。今夜、わたしは、その最後の一幕を見たのです。そのせまい小路で、その女は死の病にとりつかれて、寝台の上に横になっていました。ところが、その女の主人は、ただひとりの保護者であるはずなのに、乱暴で、冷酷な悪人だったものですから、その女のふとんをひきはがして、こう言いました。
『起きろ! おまえの顔を見りゃ、だれだっていやんなっちまわあ! さあ、おめかしでもしろ! 金をかせぐんだ! さもなきゃ、表へおっぽりだすぞ! 早いとこ、起きた、起きた!』
『死神がわたしの胸の中にいるんです!』と、その女は言いました。『ああ、どうか休ませてください!』
 それでも、男は女をひきずり起して、顔におけしょうをし、髪にバラの花をさして、窓ぎわにすわらせました。それから、火のもえている明りを、すぐそばへおいて、出ていきました。わたしは、女をじっと見つめていました。女は身動きもしないで、すわっていました。と、手が膝の上に落ちました。風のために窓がはねかえって、窓ガラスが一枚、ガシャンと割れました。けれども、女はじっとすわっていました。カーテンが女のまわりを、ほのおのようにはためきました。女は、もう死んでいたのです。あけはなたれた窓から、死んだ女が、人間のありかたをといていました。牧師の家の庭の、わたしのバラの花が!」
 本書にはこのような詩情豊かな短編が33ほど収録されている。絵のない絵本とはよく言ったもので、確かに小説の形式をとっていて絵がないのだが、一本の短編ごとに月明かりに一枚の絵が照らされ見事に浮かび上がっている。ページ数自体は少ないが、情景描写と人間のあり方を巧みに絡ませていたり、深淵な問いかけがなされていたりと、読み取るのはなかなか難解だ。

 最近、教育に対して、子どもの心に対して、懸念の声が多くあがっているが、子ども達に教え込むのではなくて、自らに考えさせる、一つの材料として本書を推薦したい。少なくとも僕が子どもの頃の夏休みに読まされた箸にも棒にも掛からない課題図書に比べればずっと良書である。

【写真】 ベジタブルミックス



 農協の野菜ジュースです。伊藤園の充実野菜をかなり薄くした感じの味でした……。

【アニメ】 『小公女セーラ』

小公女セーラ 完結版 小公女セーラ 完結版
フランシス・エリザ・ホジソン・バーネット、 他 (2002/03/25)
バンダイビジュアル
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赤毛のアン』よりは良かった。お金持ちで性格が良く人気者だったセーラが11歳の誕生日に父親の死と破産を宣告され、女学院の下働きに転落し、周りから徹底的にいじめ抜かれるという物語。

 僕ぐらいの世代だとドラマ『家なき子』と似ているといえばわかってもらえるだろうか。もっとも、家なき子の場合は、安達祐実が腹黒い逞しさを持っていたのでそれほどヒロインにかわいそうという感情を抱けなかったが、本作は違う。セーラが芯から優しく健気なのだ。だから、いじめられているシーンがとても痛々しく、作品に対して感情を移入せずにはいられない。とにかくセーラの健気さがあってこそ全ての場面が映えているアニメである。

 最後、セーラはお金持ちと共にインドに渡ることになりハッピーエンドを迎えることになる。勿論、そこにたどり着くまでの紆余曲折の中にセ−ラの優しさがその金持ちの心を惹きつけるという構成になっているのであるが、結局は物質的豊かさ=精神的豊かさであるというメタファーのようにも読み取れてしまうように感じられた。もっとも、あれだけ不幸な境遇の中でいじめにも必死に耐え、優しさと誇りを失わなかったセーラだからこそ、あのようなシンデレラストーリーがよく似合ったのだろうし、そういうエンドが求められる作品であったとも思う。
わたしのむねの かたすみにさいてる
ちいさなはなに なまえはないけど
かなしいときは あかいはなびらいちまい
めがしらに あてるの
するとなみだが きえてゆく
わたしだって なこうとおもったら
こえをあげて いつでもなけるけど
むねのおくに このはなあるかぎり
つよくいきて みようとおもう

【写真】 チェリーコーク



 新商品のチェリー味コーラです。チェリーといえばチェリーの香りがしますが、ちょっと薬品っぽい香りのような……。

 隣に移っているのは和栗のシュークリームです。セブンイレブンのデザート棚の前で杏仁豆腐とシュークリームどちらを買おうかかなり迷いました……。

【映画】 『ドラえもん のび太の日本誕生』

映画ドラえもん のび太の日本誕生 映画ドラえもん のび太の日本誕生
藤子・F・不二雄、 他 (2002/07/17)
ポニーキャニオン
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 家出をしたドラえもんやのび太が自分達だけの日本の土地を求めて7万年前の日本へと向かう。7万年前の誰もいない日本でのび太やドラえもんが未来道具を使った擬似原始生活を送る。このシーンが今見ると、例えば畑で育てた作物の中にスパゲティやドラ焼きなど調理済みの料理が入っていたりと、何とも馬鹿馬鹿しいのであるが、子どもの頃初めて見た時は、夢に溢れた生活のように見えた記憶がある。

 本作は個人的にはかなり思い入れがある作品である。それは本作の敵であるギガゾンビが、ドラえもんと同じように未来からやってきたというキャラクター(ただしギガゾンビは時間犯罪者)であり、ドラえもんと同じように未来の道具を用いて、対等の立場で戦う存在だったからだ。これにより子ども心にドラえもんとギガゾンビの対決にワクワクしたものだった。もっともそれも今見るとギガゾンビの声の高さと素顔のみすぼらしさで小物ぶりが浮き彫りにされているうえに、最後はドラえもんやのび太ではなくてタイムパトロールの手によって解決されてしまうあっけなさで、自分の思い出が美化されていたことを思い知らされる羽目となった。

【写真】 ペプシゴールド



 ペプシゴールドを飲みました。ジンジャーエールのような味という評判だそうですが、レモンティーな色だったせいか(?)レモンティーコーラだと思ってすごく美味しく頂いてしまった自分は、やはり少数派なのでしょう……。

教育基本法を改正するかどうかは女性に聞いてみたらどうだろう

 産経新聞社説『主張』より
 自民、公明両党は今国会の焦点である教育基本法改正案を野党欠席のまま、衆院教育基本法特別委員会で可決した。16日に衆院を通過させ、参院に送付する予定だ。
 民主党など野党は「採決が前提にある限り、委員会の質疑には応じられない」と欠席した。与党の採決を受け、野党はすべての審議を拒否することにした。
 この改正案は戦後教育の歪(ゆが)みを正し、教育の主導権を国民の手に取り戻す意味合いがある。与党単独の採決になったが、やむを得ない。
 民主党は政府の改正案に対抗して独自の「日本国教育基本法案」を提出していた。愛国心について政府案は「我が国と郷土を愛する態度を養う」とし、民主党案は「日本を愛する心を涵養(かんよう)する」としていた。民主党案はまた、政府案にない「宗教的感性の涵養」を盛り込んでいた。
 与党と民主党が協議し、より良き案にすべきだったが、民主党の小沢一郎代表は来夏の参院選に向け、社民党などとの共闘を優先した。教育基本法改正そのものに反対してきた社民党などと違い、対案を示していただけに民主党の対応はきわめて残念である。
 現行の教育基本法は昭和22年3月、GHQ(連合国軍総司令部)の圧力や干渉を受けながら成立した。とくに現行法の「教育は、不当な支配に服することなく」の規定は、文部科学省や教育委員会の教育内容への関与を排除する根拠とされ、問題となっていた。
 これに対し、政府案は「不当な支配に服することなく」との文言を残しているが、「この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」とするくだりが加わった。このため、国旗国歌法や学習指導要領などを無視した一部の過激な教師らによる“不当な支配”は許されなくなる。
 また、政府案は家庭教育について「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」と規定している。いじめや学級崩壊、不登校などの問題で、家庭の責任を問う内容になっている。
 伊吹文明文科相は「ある程度の変更」に言及している。参院での与野党共同修正を模索する動きも出ている。民主党は抵抗政党ではなく、責任野党としての存在感を示すべきだ。
 だそうな。この件については朝日と読売・産経が今回見事に論調が割れているのと同じくして、ブログでも保守的なユーザーの多いizaとリベラルの目立つはてなダイアリーなどではかなり意見が違っているように感じられる。

 僕は正直言って教育基本法改正に納得ができない。国民に対して合意が得られているとは思えないからだ。せいぜい、何となく今の教育じゃマズいのかも、というところで一致している程度だろう。

 例えば、紹介した産経社説にある『政府案は家庭教育について「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」と規定している。いじめや学級崩壊、不登校などの問題で、家庭の責任を問う内容になっている』の部分で本質的に賛同しているのがどれほどいるのかということに疑問を抱く。少し前に下村官房副長官が「保育園に入れるより、母親が家庭で1歳ぐらいまで子育てできる社会システムへの方向転換が必要だ」と発言したら高市早苗が不快感を示したという報道があったが、要するに政府としてはやはり子育てよりも経済的価値のある活動に女性を参画させたいという魂胆なのだろう。その上で子育ての外注化、子育てにおける家庭内外の比率が外部において重くなることを奨励しておいて責任だけは家庭にあるという法にしてしまうなんていうそんなアホな話が通るかー。

 そもそも父母の責任といったところで、結局は女性の在り方に目がつけられるのはわかりきっている。その時、ついこないだ小泉政権の時に散々バッシングされた専業主婦はやはりありがたかったなんてことになったら目も当てられないが、どうも体感だと女性はそのへんをよくわかっていて比較的教育基本法改正に慎重な姿勢の人が多い気がする。ま、ネットやってての体感だが。

 いずれにせよ、振り回されるのは結局は女性なんだから、と思っている反フェミで女性差別主義者(笑)の僕としてはいっそのこと婚姻が可能な年齢の女性(満16歳以上だっけか)全員に聞いてみてはどうだろう、なんて考える。

【アニメ】 『赤毛のアン』

赤毛のアン 完結版 赤毛のアン 完結版
ルーシー・モード・モンゴメリ、 他 (2001/09/25)
バンダイビジュアル
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 もうだいぶ前、まだ秋葉原の中央通り沿いにゲーマーズビルがあって、そこにデ・ジ・キャラットカフェなんかがあってデジコの勢いを感じた頃、まだ中央通り沿いにアニメイトがなかった頃、まだテレホやってた頃、あるオフ会に出た。オフ会で僕より一回り歳が上の男性がいて、その人とはティーカップ掲示板でよくやりとりしていたし、オフ会の時にサターンソフトの『野々村病院の人々』と『スーパーリアル麻雀』をくれたのでとても良い人だなあと感激しながら僕はその人と秋葉原の街を歩いた。その時だった、その人がガシャポンに目をとめた。ガシャポンといっても僕が幼い頃にやった100円でぐるぐる回すやつではなくて、一回で300円ぐらい入れて回すやつだ。どうやらその人は赤毛のアンが大好きらしく、そのガシャポンからは赤毛のアンのフィギュアが出るということでその人が目を輝かせながらガシャポンの方に吸い込まれていったのを今でもおぼえている。

 赤毛のアンはそれほどまでにすごい作品なのか! と思いつつ、今日までなかなか見る機会に恵まれなかったが、今回、とうとう見ることができた。

 ……うーん、どうなのだろうか。正直言って楽しめなかった。これは90分にまとめられた完結版なのが原因なのだと思う。amazonのレビューに原作ファンから酷いという投稿がされている。編集が下手というのもあるだろうが、赤毛のアンはダイジェストで見るのには向いていないのかもしれない。アンのテンションの上がり下がりが激しく、どうも落ち着きのない子どもに映ってしまっていて、アン自体に魅力が感じなかったし、ストーリーも随分凡庸であった気がする。

 ただ、孤児院で育ったアンが男の子と間違われて引き取られたところと、アンを引き取った爺さんが最後には1ダースの男の子よりもアンが愛しいという風なことをいったところと、爺さんが死んだ後で銀行の破産によりお金に困った婆さんが家を売ることを仄めかしたときにアンが大学進学という自身の野心やキャリアデザインよりも家を守ることを選択したところは、なかなかよかった。

 まあ、僕にとってのトラップ一家物語みたいなもので、これを見た時に幼く感受性の強い年頃だった人にはすごく印象に残る名作だったのかもなあ。