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【写真】 森永の焼プリン ほろにがカラメルソース
【映画】 『ぼのぼの クモモの木のこと』
![]() | ぼのぼの クモモの木のこと (2003/03/21) ぼのぼの 商品詳細を見る |
悲しいことや辛いことを忘れさせてくれるクモモの木の下で、いつか迎えに来てくれる誰かを待ち続けているフェレット(?)のポポくんと友だちになったぼのぼの。だがある日、クモモの木の枝が折られると言う事件が起こった。実は、悪い仲間との関係を断ち切ろうとして怪我をしたお父さんの痛みを忘れさせてあげる為に、ポポくんが枝を折っては家に運んでいたのだ。しかし、そのお父さんが亡くなり、ひとりぼっちになったポポくんは姿を消してしまう。心配したぼのぼのは、折からの嵐の中、ポポくんを探してクモモの木を目指す。とその時、落雷でクモモの木が炎上。ところが、燃えたクモモの木の放った不思議な匂いが森の仲間たちそれぞれに、忘れていた記憶を呼び覚ました。そう、クモモの木にはもうひとつ、記憶を想い出させる力があったのだ。そして、ポポくんが赤ん坊だった頃、悪い仲間からお父さんを引き離そうとして失敗し、以後、ポポくんに身分を隠して彼の面倒をみてきたおばさんが、実はお母さんであったことを想い出したポポくんは、迎えに来たお母さんと母子の対面を果たすのであった。それから数日後、森の仲間たちはクモモの木の下に忘れる為にではなく、忘れた記憶を想い出す為にやって来るようになっていた。いがらしみきお原作の漫画の世界をフルCGアニメーションで表現した2002年の映画。ぼのぼのってアニメをテレビ東京で観た記憶があるので調べてみたら、95年から96年にかけて放送していたというのだからもうだいぶ前、十年一昔。アニメはシュールな作風でさくらももこの漫画をまったり優しい風味にした感じという記憶があるが、原作とアニメはかなり違った雰囲気であるらしいので、あまりアテにならないということなのかもしれない(僕は原作を読んでない。知らない)。
(goo映画 http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD33323/story.html)
それというのも、本作映画はぼのぼののモノローグを中心にシビアなドラマが描かれていたことで不思議な雰囲気が醸し出されていたからだ。独特のシュールなタッチを用いながらも、家族をテーマにした切ないドラマがメチャクチャな筋書きで描かれる不条理な笑いと涙。何ともいえない味わいがあって良い。フルCGアニメの表現も、僕なんかはフルCGと強調されたのを聞くと青春時代のゲームの影響かどうしてものっぺりとした映像が思い浮かんでしまうが、本作の映像は、雑っぽさとギクシャク感を抱かせる一方で、柔らかい質感を出せていたのではないかと評価をしたい。
そういえば、スナドリネコさん役に森本レオが起用されているのだが、これがあまりにもボソボソとした喋りで何を言っているのか聞き取れないのが辛かった。
【写真】 オーマイプレミアム ほうれん草とベーコンカルボナーラリングイネ

オーマイの冷凍パスタです。スパゲッティじゃなくてリングイネ。リングイネとは楕円形パスタのことだそうです。食べてみると、なるほどやや平たい感じがしますが、繊細でもあり、ヌードル的な味わいが楽しめました。
【映画】 『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』
![]() | インディ・ジョーンズ 最後の聖戦 (2008/06/06) ハリソン・フォードショーン・コネリー 商品詳細を見る |
冒険家として、また考古学教授として多忙な日々を過ごすインディ・ジョーンズに、大富豪ドノヴァンから相談が持ちかけられる。イエス・キリストの聖杯の所在を示す重大な遺物を手に入れたが、調査隊の隊長が行方不明になり、それを探して欲しいというのだ。映画インディ・ジョーンズシリーズ第3作。今回は原点に戻ったというのか、ナチスとお宝入手を競うという設定において、レイダースの正統的な続編になっている。お宝はイエス・キリストの聖杯。舞台への徹底的なこだわりがみせる映像美はアドベンチャーの雰囲気満点でとてもワクワクしてくる。この点では相変わらずのクオリティの高さで、ハリウッドの力の凄さ、というか、ルーカスなりスピルバーグなりの製作陣の圧倒的な才能を思い知らされる。
最初は渋っていたインディだったが、その行方不明になった隊長というのが自分の父、ヘンリー・ジョーンズであると聞き、仕方なく依頼を承諾。父が最後に消息を絶ったヴェニスに向かった…。
(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/インディ・ジョーンズ/最後の聖戦)
ナチスとのやりとりについては、ナチス絶対悪という方針を強く出しており、対照的にアメリカであり、アメリカを象徴する自由な発想と好奇心の塊であるインディアナ・ジョーンズの魅力がナチスの女性を魅了するという関係性において引き立つという点で、レイダースに比べてやや単純化されてしまっているように見える(もっとも、悪いのは「ナチス」であって個人は縛られているか洗脳されているだけという見方もできる)が、1938年という舞台設定であること、本作が基本的には勧善懲悪的な娯楽ジャンルの作品であることを鑑みて鑑賞に臨めば、それもやむなしといったところだろうか。インディアナ・ジョーンズがドイツに乗り込む展開もあり、ヒトラーが出てきたりして、そのあたりの舞台背景には結構つっこまれている。焚書などのナチスの政策に対する具体的な批判をユーモアを忘れないで表現している。
やはり『インディ・ジョーンズ』の魅力は、どんな時でもユーモアでありジョークを忘れない哲学にある。本作ではインディアナ・ジョーンズの父親であるヘンリー・ジョーンズが登場してインディアナと共に活躍するが、このインディアナの父親を演じるのがショーン・コネリー。このショーン・コネリー演じるインディアナのパパが愉快で面白い存在なのである。オトボケと冴えを巧みに使いこなし、作品にかつてない笑いを齎す。この点で、自分にとっての本作は成功である。父子の確執と融和という要素もドラマを盛り上げている。
【写真】 トップバリュー ヌードル ポーク・チキンベースのしょうゆ味

日清のカップヌードルに比べて安いPBヌードルです。具が比較的大目な気がしましたが……どうかなあ。スープはあっさり。個人的にはもうちょっと肉エキスを濃い目にしてもらいたかったのですが、シーフードがそうだったように、トップバリューブランドのカップヌードルはあっさり感がウリなのでしょうね。
【映画】 『サンキュー・スモーキング』
![]() | サンキュー・スモーキング (特別編) (2008/04/16) アーロン・エッカート 商品詳細を見る |
タバコ研究アカデミー所属のPRマン、ニック・ネイラーの使命は、得意の話術でタバコ業界への手厳しいバッシングをかわすこと。その巧みな論理のすり替えテクニックから「情報操作の王」と異名をとる彼の評判はすこぶる悪いが、一人息子のジョーイだけはそんな父親を尊敬していた。訴訟を未然に防ぎ、反タバコ法案を掲げる上院議員をやり込め、ハリウッドをも巻き込むあの手この手の戦略を展開するが、思わぬ落とし穴が待っていた…。2006年のアメリカ映画。圧倒的にタバコバッシングの方向に流れている社会の中で、タバコ研究アカデミーのPRマンが得意の話術でタバコ業界への批判をかわしていく作品。
この男、憎めない。信用ならないと思いながら、ついついその喋りの魔法にかかってしまう。乗せられてしまうのだ。ローン返済のためと割り切った仕事ぶりには抜け目がないのに、若くてきれいな女にはガードが甘かったり、息子のジョーイに「自分で考え、自分で決める」ことの大切さを説く、真っ当さも持ち合わせた主人公ニック。この役にパーフェクトだと監督に言わしめた、アーロン・エッカートがチャーミングだ。クリストファー・バックリーの傑作小説「ニコチン・ウォーズ」を原作に、新鋭ジェイソン・ライトマン監督の、長編第1作となるこのタバコをめぐるラプソディーは、マーケティング第一のアメリカ社会を、辛辣にユーモアたっぷりに描いている。
(goo映画 http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD9504/story.html)
知的論争エンターテイメントというのが日本公開時での本作のキャッチアピールだったようだが、ウィットに富んだ議論が主人公を中心に行われるものの、基本的には論理のすり替えにより、AよりもBはもっと酷いといったような大衆向け情報操作だけが延々と行われる。
コメディとしては現実社会への皮肉とユーモアのバランスが絶妙で面白かった。如何に大衆を納得させるかというパフォーマンスで世の中が流れてしまう事への警告。それを社会にとっての悪役である煙草の擁護者の立場で描くアイディアの素晴らしさが秀逸。如何な悪役にも言い分があるとも取れる(というか、禁煙運動が自らを含む個人の幸福を追求しているように、彼ら悪役もまた自らを含む個人の幸福を追求している)。プライベートには、そんな悪役ですら意外と平凡な幸せを掴むことに四苦八苦しているパパ(男)なんだという視点がある。
主人公が息子を通して真摯に訴えていたのは「自分で考え、自分で決めることの大切さ」だった。それが自由である、と。しかし、本作がそう単純にいかないのが、つるんでいる連中にアルコールや銃、果ては軍事兵器の擁護者までいることだ。これがマイケル・ムーア的な存在が主張するところの自由(自己責任)に対するコストの暗示によって、事の単純化を自己批判で防いでいる。
これが脱ゆとり
<ノーテレビ・ノーゲームデー>「家庭の会話増やして」 行橋市立17小中学校、来月から毎月1回 /福岡(毎日新聞)
これが脱ゆとり教育ってやつ。反対してる奴が結構いるらしいけど、そういう奴に限って教育基本法の改正やケータイ所持禁止に賛成してたりするんじゃないかな。どうかな? ま、くだらないのは確かだけど、自治体レベルはどうかはともかく、学校単位でこの手の取り組みをやっているところはそこそこ話に聞くし、はっきりと個人の印象でいえば別にいいんじゃないとも思う。少なくとも、何かあるたびに「親の責任」と喚くくせに、親なり教育機関なりの権力がテレビやゲームを取り上げようとするのに反対って言うのはどうかな、という思いの方が自分の中には強い。ま、強制力がない運動にせよ、実施されたら親が方針に従って子どもを管理しだす例がある程度は現れるだろうね。
でもさ、今の子どもっていうのは、自分の時代から既にそうだったけど、自分専用の個室があってテレビがあってゲームがある、ぐらいの環境は前提にしているわけでしょ。ていうか、これ、ガキの問題だからね。そこに、子どもに時間(自由)をたっぷり与えて子どもの自主性を養おうとした。それがゆとり教育でしょ? テレビがあってゲームがある今の世の中を踏まえた人間教育が少なくともリベラリストの主張していた総合教育だったわけでしょ(実際が田植えだったとしても、別に田植えを教育に取り入れることを否定はしないけど)。記事のような主張に反対する皆さんにとってはゆとり教育って素晴らしいよね。週休2日って素晴らしいよね。でも、親や学校がもっと管理しなければガキはやはりまともに育たないって云うのが脱ゆとりの論理だったわけだ(土曜まで子どもの面倒見てられないから学校に任せたいという現代の親事情からくるアウトソーシングな論理もあったとして)。
脱ゆとりの論理からすれば記事の自治体はある意味王道だよね。要するに歯磨き週間とかのネガティブ版。今週はよく歯を磨きましょうって。ポスター貼ったり校内放送流して、啓蒙するのね。アホだな、毎日磨けよと思うけど、やっぱりそうでもして意識を高めるきっかけを提供しないといけないというような認識が今日におけるテレビ・ゲームを取り巻く事情に対して教育機関や保護者の方々にはあるんだろう。気にいらないのはわかる。家族の会話増やして、というならわざわざテレビやゲームを敵にしないで家族の会話デーにすればよいからだ。そこに隠されている悪意に妖怪アンテナおったたせる鋭い感覚に共感するところはあるよ。
でも、基本的に保守的な教育観(脱ゆとり)とトレードオフ。個人(ていうかガキだけどね)の自由に介入するなという輩が、一方で、ガキの躾がなってないとか騒いだり、親の教育に口出したりするっていう、ま、印象論だけど。そうならないでもらいたいな、という願いをこめて書いた。あと、今回取り上げたニュース記事を行政と個人の対立と見るような人は、安倍晋三的な教育改革に今からでも反対しといた方がいいんでないかと思ったり。
これが脱ゆとり教育ってやつ。反対してる奴が結構いるらしいけど、そういう奴に限って教育基本法の改正やケータイ所持禁止に賛成してたりするんじゃないかな。どうかな? ま、くだらないのは確かだけど、自治体レベルはどうかはともかく、学校単位でこの手の取り組みをやっているところはそこそこ話に聞くし、はっきりと個人の印象でいえば別にいいんじゃないとも思う。少なくとも、何かあるたびに「親の責任」と喚くくせに、親なり教育機関なりの権力がテレビやゲームを取り上げようとするのに反対って言うのはどうかな、という思いの方が自分の中には強い。ま、強制力がない運動にせよ、実施されたら親が方針に従って子どもを管理しだす例がある程度は現れるだろうね。
でもさ、今の子どもっていうのは、自分の時代から既にそうだったけど、自分専用の個室があってテレビがあってゲームがある、ぐらいの環境は前提にしているわけでしょ。ていうか、これ、ガキの問題だからね。そこに、子どもに時間(自由)をたっぷり与えて子どもの自主性を養おうとした。それがゆとり教育でしょ? テレビがあってゲームがある今の世の中を踏まえた人間教育が少なくともリベラリストの主張していた総合教育だったわけでしょ(実際が田植えだったとしても、別に田植えを教育に取り入れることを否定はしないけど)。記事のような主張に反対する皆さんにとってはゆとり教育って素晴らしいよね。週休2日って素晴らしいよね。でも、親や学校がもっと管理しなければガキはやはりまともに育たないって云うのが脱ゆとりの論理だったわけだ(土曜まで子どもの面倒見てられないから学校に任せたいという現代の親事情からくるアウトソーシングな論理もあったとして)。
脱ゆとりの論理からすれば記事の自治体はある意味王道だよね。要するに歯磨き週間とかのネガティブ版。今週はよく歯を磨きましょうって。ポスター貼ったり校内放送流して、啓蒙するのね。アホだな、毎日磨けよと思うけど、やっぱりそうでもして意識を高めるきっかけを提供しないといけないというような認識が今日におけるテレビ・ゲームを取り巻く事情に対して教育機関や保護者の方々にはあるんだろう。気にいらないのはわかる。家族の会話増やして、というならわざわざテレビやゲームを敵にしないで家族の会話デーにすればよいからだ。そこに隠されている悪意に妖怪アンテナおったたせる鋭い感覚に共感するところはあるよ。
でも、基本的に保守的な教育観(脱ゆとり)とトレードオフ。個人(ていうかガキだけどね)の自由に介入するなという輩が、一方で、ガキの躾がなってないとか騒いだり、親の教育に口出したりするっていう、ま、印象論だけど。そうならないでもらいたいな、という願いをこめて書いた。あと、今回取り上げたニュース記事を行政と個人の対立と見るような人は、安倍晋三的な教育改革に今からでも反対しといた方がいいんでないかと思ったり。
【写真】 カゴメ パスタソース バジリコ

パスタメニューのバラエティ化にご利用ください。
・フレッシュなバジルとオリーブピルをベースに、黒故障、にんにくで風味づけた香り高いソースです。
・メニューアイテムが笛、提供食数による原材料ロスが出ません。
・メニューの品質及びコストが安定します。
そんな業務用パスタソースでした。100円。バジルのソースはアネージで懲りたのですが、これはちゃんと味が調っていて美味しかったです。そうそう、こういうのは外食で食べたことがある! そんな味わいでした。黒故障とかバターとかにんにくとか、色々と味を調えるのに必要なのですねえ。
【映画】 『皆殺しのトランペット』
トランペット吹きがギャングと対決するクライム・アクションで、ラジオドラマとして人気だった作品をジャック・ウェッブが監督&主演を務め映画化。歌手としても絶大な人気を誇ったペギー・リーがブルース歌手を演じ、劇中でも歌声を披露。その演技はアカデミー賞にもノミネートされました。ジャズシンガー、エラ・フィッツジェラルドもカメオ出演しています。1955年のアメリカ映画。禁酒法時代にもぐり(闇)の酒場でバンドリーダーをしていた主人公の男が、ギャングに絡まれる。ギャングの要求を一度は断るものの、仲間を撃たれ、仕方なくギャングに従う。しかし、ギャングのような勢力に支配されなければやっていけない自分のような闇の存在に訪れる悲劇を知ることで、男はギャングと戦うことを決意する。というような感じの、禁酒法時代を風刺した世界観とマカロニウエスタン調の銃をぶっ放して自由を手に入れるという構成になっている。『皆殺しのトランペット』という邦題ほどには過激な作品というわけではない。
カンザスシティ、1927年禁酒法時代。もぐりの酒場でバンドのリーダーを務めるケリー(ジャック・ウェッブ)は、ギャングのマッカーグから一方的に仲介料を渡すよう脅される。一度は要求を断るが、バンド仲間が銃弾に倒れ、ケリーは渋々マッカーグに従うことに。歌手ローズを紹介されたケリーは、彼女をバンドに使うことになるが…。
【写真】 プリマハム 豚のしょうが焼き

豚のしょうが焼きでも食べたいなあと思って、冷凍食品を買ってしまいました。これが僕。うーん、量は少ないし、質もいまいち。やっぱり冷凍、それも弁当のちょっとしたおかず用じゃなあ。
しょうが焼きじゃなくて醤油焼きにしても、普通に豚ばら肉買ってきたほうがよかったです。もしくはほか弁。あ、今はほっかほっか弁当じゃなくてほっともっと弁当でした。
そういえば、プリマハムの食品を食べたのはすごく久しぶり。日本ハムや伊藤ハムや丸大ハムに比べると目にする機会があまり無いような気がするけど、やはりシェアの問題なのかな。
【映画】 『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』
![]() | インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説 (2008/06/06) ハリソン・フォードケイト・キャプショー 商品詳細を見る |
1935年、考古学者インディ(ハリソン・フォード)は上海のギャングとの取引が決裂しトラブルになってしまい、その場に居合わせた歌手ウィリー(ケイト・キャプショー)と、相棒の少年ショート・ラウンド(キー・ホイ・クァン)と共に飛行機で追っ手から逃れるが、ギャングの策略により飛行機が墜落しインドにたどり着く。映画インディ・ジョーンズシリーズ第2作。1984年の作品。舞台はインド(と中国)。設定としては、前作よりも前の事になっているらしい。
奇妙な老人に出会い、彼の住む小さな村へ案内されると、そこは井戸が干上がり食べることもままならない状態で、子供が一人もいなかった。
村にはサンカラ・ストーンと呼ばれる秘石が祭られていたが、邪教集団に奪われ、村の子供も連れ去られたという。 老人から救世主だと言われ、断れずにインディ達はサンカラ・ストーンと子供達を取り戻す為、邪教集団が住み着いているという、かつてマハラジャが支配していたパンコット宮殿へ向かう。
無人の筈のパンコット宮殿には新しいマハラジャが即位し、表向きには煌びやかに見え、インディ達を大歓迎で迎えるが……。
(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説)
白人のインディ・ジョーンズが地下帝国的な施設を本拠にする宗教団体とそこで働かされている奴隷人間(アジア)を救出・解放するアドベンチャー、というのは少し意地悪でコンプレックスを抱えた見方だが、大まかな構造としてはそうなっている。前作が、アメリカが完璧ではないがナチスは糞だというグレーな自由主義陣営の描き方であったのに対して、本作は、全てにおいて発展途上なアジアの人間を白人が救うというベタベタな白人主義視点。
細かく見れば、アジアの文化を理解できない白人の姿という自己批判も描かれている。猿の脳みそのシャーベットを美味しく食らう姿に卒倒する姿などである。だけど、ストレートに受け取ればそれだって野蛮で奇妙なアジアの文化というシーンでしかない。大衆娯楽映画なんだから、フィクションなんだから、っていえばそれまでだけど、そこを配慮して楽しむのが大人だという考えもあるし、本気になってみることが文化を支えることだとも思うのでちょっと突っ込んでみた。んで、そういう風に捉えた人は僕の他にも当時はかなりいたのか、
Wikipediaによれば、
・スピルバーグは、公開当時に作品の低俗さに批判を食らい「僕は雇われ監督だ」と弁解した。この作品を自分のフィルモグラフィーの中で一番の駄作だと後のインタビューで語った事もある(『1941』についても同じように語る)が、ファンの間では評価が高い。
とのこと。本当かどうかわからないが、やっぱりそういう批判があったんだなと思ったし、一方で、ファンの間で評価が高いというのは、これはインディ・ジョーンズが何であんなに支持されているのかということも含めて、少し分からないところで戸惑った。でも、うん、限定された舞台をフルに利用した質の高い仕掛けの数々と迫力のアクションが齎した「世界」の広がり・徹底された冒険の雰囲気は確かにワクワクする。
【写真】 洋麺厨房 パスタソース ペペロンチーノ
【映画】 『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』
![]() | インディ・ジョーンズ レイダース 失われたアーク《聖櫃》 (2008/06/06) ハリソン・フォードカレン・アレン 商品詳細を見る |
高名な考古学者インディアナ・ジョーンズには、世界中の宝物を探し発見するというトレジャーハンターとしての顔があった。ある日インディの下に、アメリカ政府機関から、ナチスドイツが聖櫃(アーク)の発掘を進めているという情報が舞い込む。何としてでもナチスより先に聖櫃を手に入れろとの依頼を受け、インディは聖櫃の争奪戦に臨む。今年、シリーズ映画の4作目が公開されたインディ・ジョーンズ。ジョージ・ルーカスとスティーブン・スピルバーグという二大指揮官による超人気シリーズのその映画第一作目が本作。1981年のアメリカ映画。
(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/レイダース/失われたアーク《聖櫃》)
考古学者でトレジャーハンターであるインディアナ・ジョーンズ(ハリソン・フォード)が世界を股にかけて活躍する活劇。本作では、インディ・ジョーンズがナチスドイツに対して聖櫃(アーク)の発掘・入手を競う。さすがに超有名な作品だけあって細かいところまでよく考えられて作られているし、ユーモアのセンスとアメリカとナチスの国家観に対する程よくシニックな態度が抜群。冒険をキーに舞台と時代性に徹底的にこだわった雰囲気は、ワクワクさせられる。
表面的にナチスの人間とのドンパチ的・西部劇的なちょっと凝ったアクションが見どころになっている点で、ベタな大衆娯楽映画という枠に入り込みすぎているような気もするが、それでも、女も大切だが、それよりも何よりも自分の浪漫を大切にするインディ・ジョーンズの生きかたそのものが随所に表現されている面では、男の冒険というか、男の身勝手さがうまく描かれており、これが聖櫃のような危険で重大な秘密を無数に抱え込んでいるアメリカという表現とうまく重ねられており、単純にナチス悪、アメリカ正義で終わらない複雑さ。あちこちに比喩的にメッセージが潜ませてあって面白い。といいつつも、ああ、アメリカ映画だなあ、という印象でもある。
ちなみに主演のハリソン・フォードは本作当時39歳とのこと。若くて凛々しいハリソン・フォードが拝めるのだが、それでも39歳なんだあという溜め息も漏れる。
【写真】 マルちゃん 屋台一番ソース焼きそば
【映画】 『パラサイト』
![]() | パラサイト (2006/04/28) イライジャ・ウッド 商品詳細を見る |
突如田舎町のハイスクールを侵略した異星の生命体と決死の戦いを繰り広げる6人のティーンエイジャーの姿を描くSFホラー。監督・編集は「フロム・ダスク・ティル・ドーン」のロバート・ロドリゲス。脚本は「スクリーム1、2」「ラストサマー」のケヴィン・ウィリアムソン。原案はデイヴィッド・ウイッチャーとブルース・キンメル。製作はロドリゲスと「エル・マリアッチ」以来彼と組むエリザベス・アラン。撮影はエクアドル出身の新鋭エンリケ・シャディアック。音楽は「ナイトウォッチ」のマルコ・バルトラミ。音楽監修はアレックス・ステイヤーマーク。美術は「アメリカン・レガシー」のケーリー・ホワイト。衣裳は「ラスト・オブ・モヒカン」のマイケル・T・ボイド。視覚効果監修は「ミミック」のブライアン・ジェニングス。出演は新鋭のジョシュ・ハートネット、ローラ・ハリス、ジューダナ・ブリュースター、クレア・デュヴァル、「アイス・ストーム」のイライジャ・ウッド、「イン&アウト」のショーン・ヘイトシー、「ターミネーター2」のロバート・パトリック、「ラウンダーズ」のファムケ・ヤンセン、「クロッシング・ガード」のパイパー・ローリー、ロドリゲス作品の常連サルマ・ハエック(「ターニング・ラブ」)ほか。1999年のアメリカ映画『パラサイト』を観た。田舎町のハイスクールが舞台。寄生タイプの地球外生命体の脅威が次々と人間の体を乗っ取りながら侵略をしていくホラー映画。
(goo映画 http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD31487/comment.html)
学園という青春の舞台を利用した若い男女のドラマを基調に、エイリアンに乗っ取られた周囲の人間であり仲間達への不信感の要素を織り交ぜていて、それが緊迫感を見事に演出することで、現実社会への風刺がうまく映えている格好になっていて面白い。脚本が『スクリーム』のケヴィン・ウィリアムソンだそうだが、メタフィクションの表現を用いた外からの視点を意識するアピール演出によって、誰がエイリアン(の親玉)なのかといったちょっとしたミステリー仕掛けのために張られた伏線をわざわざ説明くさくしないでさりげなく回収できているのも良い。事件の解決に対する発想があまりにSFの影響を受けた飛躍的なものであったことに対する弁明も「ホラー映画だから」で済まされてしまっていることには苦笑してしまうが。
映像的にはチープだし、『スピーシーズ』のようなエログロの迫力に比べると見劣りするが、ドラマとして頑張った一本。もうちょっと人間間の不信感を煽ってみても良かったのではないかとも思うが、異性生命体系のグロテスク路線のホラーの割には、終わってなお青春ドラマとしての爽やかさとエネルギーを維持してみせたという意味で後味の良い作品に仕上げられている。
【写真】 キャラメルコーン クリームソーダ味

うひょ〜、これはすごいっす。キャラメルコーンのクリームソーダ味、これには驚きました。口の中に入れるとシュワシュワ弾けます。その炭酸感蝕とキャラメルコーン特有の甘ったるさが口の中で見事にクリームソーダになっていました。でも、美味しいかって云うと微妙かも……。
【映画】 『ブラック・ジャック 劇場版』
![]() | ブラック・ジャック 劇場版 (2001/12/21) 大塚明夫水谷優子 商品詳細を見る |
世界中で超人類ブームが起こっていた。従来の人間では考えられない集中力でパワーを発揮する彼らは、オリンピックや芸術の分野で次々に驚異的な活躍を見せる。ところが、実は彼らはある共通の病気に冒されていた。超人類と呼ばれる人達の入院管理をしているブレーン製薬のジョー・キャロル・ブレーンから、彼らの体に巣喰う病原菌の原因究明と手術を依頼されたブラック・ジャックは、その病原菌が脳下垂体の中に入り込んで、大量のエンドルフィンを分泌させていることを発見する。しかし、そもそも病原菌を彼らに移植して人体実験を行っていたのがジョーの仕業であることを、戦う医師団“M・S・J"のメンバーによって知らされたブラック・ジャックは、その非人道的なジョーのやり方に腹を立て、研究を降りようとした。ところが、ジョーはピノコを人質に取った上に、ブラック・ジャックの体内にその病原菌を植えつけてしまった。研究を続行しなければ、ピノコと自らの命も危険に晒されてしまうことになる。ブラック・ジャックはジョーがその菌を発見したという砂漠に赴いて、それがフルジウムという花の花粉であることを突き止める。しかし、ジョーは行き過ぎた研究を非難されて、ブレーン製薬の会長の刺客によって射殺された。ブラック・ジャックも体に入り込んだ病原菌に次第に蝕まれていく。だが、彼は長い間砂漠に住んでいる砂漠の民によって、命を救われた。彼らは、その花粉の抗体の存在を知っていたのである。抗体を手に入れたブラック・ジャックは、瀕死の状態の超人類達を救うと、ピノコとふたりで再び闇の医療の世界へと戻っていった。手塚治の不朽の名作(らしい)ブラック・ジャックのアニメーション映画版。96年の作品なのでこの間まで日本テレビ系列で放送されていたアニメとはちょっと違うブラック・ジャック。
(Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/ブラック・ジャック_(OVA))
超人類と呼ばれる凄まじい集中力でスポーツや芸術の分野で驚異的な活躍を見せる人々が現れるが、彼らは実は病気だった! グロテスクに苦しむ様を見せつけながら次々と死んでいく。助けて、ブラック・ジャック先生! お金はいくらでも出します!
医師免許を持たず、フリーランスで活躍するブラック・ジャック先生はまさに組織に囚われない正義の理想の姿。そんなブラック・ジャック先生だから、実はこの病気の裏に組織による非人道的な所業が隠されていたと知って怒り心頭。さすが、ブラック・ジャック先生、格好いいです! でも、ブラック・ジャック先生も病気(病原菌)に感染させられてしまう。
困ったブラック・ジャック先生だったが、自分を脅していた女性のオペを成功させる。さすが、ブラック・ジャック先生、格好いいです! しかし、その数分後のことだった。女性は病原菌を発見した砂漠までブラック・ジャック先生を案内すると御役御免とばかりに射殺されてしまう。
病原菌がブラック・ジャック先生を蝕む。このままブラック・ジャック先生は死んでしまうの? 放映時間残り僅かだよ? しかし、ブラック・ジャック先生は助かる。通りかかった砂漠の民に拾われ、病原菌(花粉)の抗体を飲ませてもらうのである。
超人類と呼ばれる近未来的な存在は皮肉にも大自然が人類に齎した復讐だったのである。我々は病んでいるのである。人間は病んでいるのである。
という、環境保護を訴えたオチに繋がる「超」作品だった。この作品は病気に違いない。助けて、ブラック・ジャック先生!
迫力のある作画と演出は素晴らしかったし、ストーリー設定も良かっただけに、中盤以降の展開が残念。
コンビニの深夜営業
<JFA>コンビニ深夜営業自粛に反論 「CO2削減4%」「防犯面で弊害」神奈川と埼玉でコンビニの深夜営業の自粛が促されるらしく、こういった方向性に石原都知事なんかも賛同しているのだとか。なんだ、日本も欧州化してきているなってところで左翼っぽい人たちがこれにまた賛同しているんだとか。いや、まあ、知らないけど、そうなんだろ? ゲロっちゃえよ! 筑紫哲也万歳!
埼玉県などが温暖化対策を目的にコンビニエンスストアの深夜営業自粛を求める方針を示した問題で、大手コンビニチェーンなどでつくる日本フランチャイズチェーン協会(JFA)は20日「自粛による二酸化炭素(CO2)削減効果は薄く、防犯面でのマイナスも大きい。24時間営業はライフスタイルの変化と社会の要請に対応したもので、今後も継続していく」と反対の見解を発表した。記者会見した土方清JFA会長(サークルKサンクス会長)は「温暖化への対応は重要課題として取り組むが、コンビニ(の時間営業)だけをターゲットにするのはアンフェア」と述べた。
JFAによると、営業時間を午前7時〜午後11時の16時間に短縮しても夜間の冷蔵機器の運転は止められないうえ、渋滞の多い昼間に配送することになり、CO2削減効果は4%程度にとどまる見通しという。一方で、売り上げは2割程度減少するなど経営への影響は大きく「従来のビジネスモデルが成り立たなくなる」(山口俊郎JFA副会長、セブン−イレブン・ジャパン社長)としている。
さらに、身の危険を感じた女性がコンビニに駆け込むケースは07年度は1万3169件に上り、このうち4割以上が午後11時〜午前5時の深夜に集中。自粛による防犯面での弊害は大きいという。【田畑悦郎】(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080621-00000011-maiall-bus_all
ユーザーの視点に立てば、これだけ日本人のライフスタイルに馴染んでしまった24時間営業のコンビニの利便性が損なわれることに戸惑いは感じるよね。しかも、その理由が効果があるのかないのかよくわからない地球温暖化対策だっていうんだから、それじゃあ納得できない。だから、日本フランチャイズチェーン協会(JFA)の主張はもっともではある。ただし、それは温暖化対策に論点を絞った時の話ではあるが……。
そう云うのもコンビニのフランチャイズチェーンにおける店長(とその家族)の労働環境の酷さというのが昔から云われている事に因る。割に合わない深夜営業を嫌い、24時間営業に反対する店長もいるというが、チェーン本部の利益とコンビニの利便性とそれを担保する「ブランド」を守るために、コンビニ店長達は契約に縛られて柔軟な経営をさせてもらえない。
今回のような規制に賛成する人は、僕のようにそういう声をなまじチェックしてしまっている人で、温暖化云々よりも労働問題に重点を置いていることが多い。勿論、温暖化とか景観の問題とかをベタに捉えている人もいるから、規制派にどちらが多いとはいえないだろうが、労働問題を規制容認の軸にしようとしている存在が今回の議論を盛り上げながらも、歪にしている印象はある。
メディアがコンビニ規制に本気で熱心になるなら、温暖化からは話を逸らして、コンビニ店長の過酷な労働環境に焦点を当てていくことになるんじゃないだろうか。蟹工船だのトヨタのカンバン方式だの過労自殺だのといったフレーズが重要な問題として受け止められている昨今(ネット)である。コンビニ店長の実情をレポートした記事がヤフーあたりのトップに載れば、空気は一変しかねない。
とはいえ、JFAの温暖化から逸らした主張「防犯面で弊害」というのも簡単には無視できないだろう。記事によれば、「身の危険を感じた女性がコンビニに駆け込むケースは07年度は1万3169件に上り、このうち4割以上が午後11時〜午前5時の深夜に集中」とのことだが、素直にそれはコンビニの利点だなとは思った。
コンビニが優れているのは、皮肉なことに、24時間営業という利便性と大手企業のフランチャイズというブランド力、明るく清潔でいて少額購入大歓迎の無関心な思いやりが徹底されている空間である事で、親近感と安心感が提供されている面にある。
駆け込みの対応をするのは所詮素人と馬鹿にする声もあるようだが、年間1万以上も駆け込みの件数があり、わざわざ業界団体がそこを主張する程であれば、対応方法は既にマニュアル化されていることが想定できる。それでも所詮素人であることは違いないが、まさに素人であり、マニュアル以上の余計な事をしないところにコンビニの良さがあるともいえる。
無我夢中で交番に駆け込めば、後はどうなっても自身のことを根掘り葉掘り聞かれ、事の重大性によらず、公権力の介入による身辺の更なる混乱は避けられないわけだが、コンビニであれば、一旦自分の置かれた状況を冷静に整理して、事の重大性を判断してから、警察に相談すべき(コンビニに繋いでもらうか)か、どうするかといった考えに及ぶこともでき、クールダウンの効果も期待できる。件数に現れないところで、コンビニが警察と市民のクッションになっているのではないか。
個人的には、ユーザー(生活市民)においては、それほどにコンビニという空間が信頼されているのだ、と思いたいところだ。24時間営業というのはまさにそういった信頼のブランドを担保しているわけだから、それを崩壊させてしまうようなことを簡単に云うことも出来ないが、JFAの方々にはコンビニという空間を真に誇るのであれば、そういった利便性の裏で犠牲を強いられている存在、利益の出ない深夜営業を強制させられているコンビニ店舗のオーナーの存在にも目を向けてあげて欲しい。
もっとも、これらはやはり話を逸らしに逸らしたところにある話題だ。今回の件における本筋は「温暖化」であり、そのために個人のライフスタイルまで規定するべきか否かといった問題になろう。その場合、JFAの主張は個人の自由を守る立場の味方にみえる。
【写真】 コアラのマーチ 高原のソフトクリーム


コアラのマーチの高原のソフトクリーム味です。ミルク系というか、スタンダードなホワイトチョコ系ですね。
下の写真は、ヨークのビタミン1日分(&フルーツ)のドリンク。グレープフルーツ、オレンジ、りんご、みかん果汁をブレンドしているそうで、確かにそういう味で、グレープフルーツの苦味で味が締まっている感じです。ただ、何故かほのかに栄養ドリンク的な風味が……。
【映画】 『案山子男 オン・ザ・ビーチ』
![]() | 案山子男 ~オン・ザ・ビーチ~ (2007/08/03) ケン・シャムロック; マシュー・リンハード; サマンサ・アイリング; ケーラブ・ローリン; デヴィッド・ゼリ 商品詳細を見る |
バカ丸出しの若者たちを鋭いオノで切り裂いていく…! ホラー・ファンの間で密かに人気を得ていた案山子男(カカシオトコ)が完全復活!! 学生グループがはしゃぐビーチで、案山子男が殺戮を繰り返していく、シリーズ3作目です。“そんな近くから出現するなんて、いくらなんでも気がつくんじゃ…”とツッコミたくなるようなB級感たっぷりの演出も見どころ。2004年のアメリカ映画。Gyaoの説明文がひどいんだけど、実際はその通りというか、バカ丸出しの若者達が案山子男に切り裂かれていくホラー映画。でも、本当のバカ丸出しは製作陣(大人)でしたでしたっていうよくあるタイプの皮肉が効いたB級ホラー。つまりは駄作。
性欲溢れた大学生グループが、春休みを使ってビーチへ遊びに行くことに。ビーチで開放的になった彼らは、冗談でトウモロコシ畑の案山子に友達のひとりを結び付けた。夜も更けたころ、その案山子が突然、目覚めて…!?
汗とオッパイと太陽光に塗れて青春を満喫する若者達のグループが悪ふざけでトウモロコシ畑の案山子(かかし)にグループの一員である男を縛り付けた。”虐め”の対象になった男の憎しみのエネルギーを吸い取って案山子は案山子男となって殺戮を始める。
トウモロコシ畑というカントリー的なのほほん風情と、そこが案山子男から逃げ回る若者達の阿鼻叫喚の巷と化す風景のギャップが愉快。畑で鬼の形相の案山子に追い回される図はシュールでもある。
本作はなんとシリーズ3作目とのことだそうだけど、もうちょっと凝ってもらえれば、独特の風景との相乗効果で人気ホラーになることも出来たのではないかと思う。滅茶苦茶つまらないんだけど、惜しいなと思った。
【写真】 ハインツ "熟"トマトソースハンバーグ
【映画】 『殺人鼠 KILLER RATS』
![]() | 殺人鼠 KILLER RATS (2005/07/29) マイケル・ゼルニカー 商品詳細を見る |
おぞましいネズミたちが集団となって更正センターを襲う、動物パニックホラー! グループを率いる巨大化したネズミが人間を容赦なく餌食にしていきます。主役を演じたのは、「ロズウェル 星の恋人たち」に出演していたサラ・ダウニング。狂気の担当医を演じているのは、『エイリアン4』や『ヘルボーイ』でメインキャラクターを演じたことで知られるロン・パールマン。殺人鼠、つまりはKILLER RATSです。凶暴なネズミに人がどんどん襲われていく動物パニックホラーなのです。2003年のアメリカ映画なのです。日本劇場未公開作品なのです。それだけのことあってということか、相当なつまらなさなのです。
女性記者ジェニファー(サラ・ダウニング)は、更正センターの特ダネを仕入れるために、サマンサと名乗り、更正センターに患者として潜入する。施設内ではネズミたちが徘徊し、患者たちが次々と姿を消していっていた。単独で調査を開始したジェニファーは、かつてウィンズロー博士がネズミを使った残酷な実験を行っていたことを知り…。
ウリの巨大化ネズミというのが、わんこサイズでちょっと拍子抜け。映像的な怖さ・グロテスクぶりをアピールするならやはり巨大な虫だなあと思った。大量のネズミが人に群がり、齧り殺すシーンはもう少し刺激的に描いても良かったかも。インパクトが弱めなせいか、表面的なストーリーの粗やネズミの動き方の不自然さが気になってしょうがなかった。そういえば、『ウィラード』もやはり2003年のアメリカ映画で大量のネズミが人を齧り殺すホラーだった。よく似ているなと感じた。ウィラードは内向的で孤独な青年が狂気に駆られていたが、本作も人間の狂気が悲劇を生み出していた。ついでにいえば、更正センターという自由の無い場所で人間がネズミに食われて、その存在が失われていくというのは何とも比喩的な表現だなとも思った。
【写真】 S&B タラコクリーム
【映画】 『バットマン・リターンズ』
![]() | バットマン リターンズ (2007/06/08) マイケル・キートン 商品詳細を見る |
DCコミックのヒーロー“バットマン”をティム・バートン監督が映画化した2作目。今回は、あまりの醜さに両親に捨てられてしまったペンギンと、セクシーなキャットウーマンがバットマンの前に立ちはだかります。前作から変わらずマイケル・キートンがバットマンを演じ、ダニー・デビート(『ツインズ』)、ミシェル・ファイファー(『スターダスト』)らと共演しています。ティム・バートン監督による映画バットマンシリーズ第2作。1992年の作品。
街で噂されている怪人、ペンギンは実業家マックスを誘拐し、下水道暮らしから地上での生活をできるよう手引きをしてもらう。一方マックスの秘書セリーナはマックスの悪事に気が付き殺されてしまう。だが、彼女はキャットウーマンとして復活。やがてバットマンの前に、ペンギンとキャットウーマンが立ちはだかり…。
前作と同じでクールにデザインされた正義と悪のパフォーマンスが如何にも漫画チックな話とキャラクターをやたら格好よく演出している。キャットウーマンやペンギンなど、敵キャラクターの個性と背景のアクの強さがより際立っている点や、バットマンの役割を担っている人のプライベートな側面(人間的感情)にかなり突っ込んだシーンが面白い。とはいえ、これは前作もそうなのだが、典型的な勧善懲悪(※)のヒーロー対怪人の話、そこにコメディ要素などの捻りがまるで無く、見た目としてのデザイン性だけに特化した張り詰め方は、2時間という尺を退屈で辛いものに感じさせた。
※犯罪都市ゴッサムの市民・大衆が悪役を支持しているところがあって、バットマンが正義のヒーローの割には夜のコウモリ男らしく世間的に爪弾きだったり、素性も市民の敵のブルジョアな存在だったりする構図はなかなか皮肉というか、虚しさが効いていて面白かったんだけど……。
ユキチャン、おめでとう!
18日、川崎競馬場で行われた第44回関東オークス(3歳牝、交流GII・ダート2100m、1着賞金3200万円)は、武豊騎手騎乗の2番人気ユキチャン(牝3、美浦・後藤由之厩舎)が、好位追走から早めに先頭に立つと、直線では後続を突き放し、1番人気プロヴィナージュに8馬身差をつけて圧勝した。勝ちタイムは2分14秒7(良)。さらに4馬身差の3着に5番人気ブライズメイトが入った。白毛のアイドルホース、ユキチャンがやってくれました! 日本競馬史上初の白毛馬による重賞制覇です! 南関東競馬の公式サイトのライブ中継で観ましたが、1着のユキチャンは2着と8馬身差をつけるという圧倒的な強さでした。レース会場の川崎競馬場には沢山の人が詰め掛けて賑わっていたそうです。行きたかったなあ。
勝ったユキチャンは、父クロフネ、母シラユキヒメ(その父サンデーサイレンス)という血統の白毛馬。全兄にJRA現3勝のホワイトベッセル(牡4、栗東・安田隆行厩舎)、半兄にシロクン(父ブラックホーク)がおり、母と兄は全て白毛。
昨年7月8日のデビュー戦(福島・芝1200m)は2番人気に推されるも14着と敗れたが、5か月の休養明けで臨んだ未勝利戦(中山・ダート1200m)で初勝利。約4か月ぶりとなった今年初戦のミモザ賞(500万下、中山・芝2000m)で2勝目を挙げ、前走のフローラS(GII)は7着。オークス(GI)を除外となり、ここに臨んでいた。通算成績5戦3勝(うち地方1戦1勝、重賞1勝)。
白毛馬の重賞制覇は中央・地方通じて史上初の快挙。クロフネ産駒は昨年のホワイトメロディーに続く2連覇となった。
【武豊騎手のコメント】
「アイドルホースだったので今日は緊張しました。ただ可愛いだけじゃなく、強い姿を見せられてホッとしています。パワフルで、お父さんのクロフネに走りが似ていますね。これからも応援してください」
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=horse&a=20080618-00000007-kiba-horse
(netkeiba.com)
薄闇の空間にライトアップの演出が施された舞台を駆けるユキチャンの真っ白な馬体の眩しさにメロメロに魅了されました。いやー、いいものを観せてもらいました。次のレースも応援してあげたいですね。ユキチャン、要チェックです。これからも僕のような競馬素人をも夢中にさせてくれるスターホースが現れる事を期待します。頼むぜ、ニッポン競馬。やったぜ、ユキチャン! おめでとう!
【写真】 マルちゃん たらこチャーハンの素
【映画】 『バットマン』
![]() | バットマン (2007/06/08) マイケル・キートン 商品詳細を見る |
宿敵ジョーカーと対決! DCコミックのヒーローをティム・バートン監督が映画化した作品。ダークな雰囲気で描かれたゴッサム・シティが見どころで、アカデミー賞では美術(監督)賞も受賞しています。マイケル・キートン(『絶体×絶命』)がバットマン、宿敵ジョーカーをジャック・ニコルソン、ヒロインをキム・ベイシンガー(『ゲッタウェイ』)が演じています。1989年の作品。犯罪都市ゴッサム・シティの悪者と戦うアメコミヒーロー・バットマンの活躍を描いた実写映画。ティム・バートン監督。
ゴッサム・シティの悪者を退治するバットマン(マイケル・キートン)。ある日バットマンは、化学工場で悪者ジャックと格闘し、ジャックは廃液の毒の中に落ちてしまう。その後遺症でジャックは不気味なジョーカーへと変貌。ジョーカーは自分を罠にはめたマフィアを殺害し、街を恐怖に陥れようとするが…。
『スパイダーマン』は平凡な青年が素性の主人公という主観でドラマを描き、力を手に入れたことに対する悩み・葛藤の要素などを取り入れて、主人公の存在そのものへの追及を徹底することによる、ヒロイックな面と保守・保身的な人間性の脆いバランスがドラマを盛り上げていた。
本作『バットマン』はバットマンを取り巻く周縁の視点で描かれており、主人公であるバットマンを(映画を観ている我々から観ても)最後まで謎に包まれたミステリアスなヒーローのポジションにしている。バットマン(コウモリ男)のカラーである黒を基調とした色彩感覚と、主戦場となる闇の時間帯とバットマンそのもののクールな存在の融合が、勧善懲悪のプロットを用いながらも、雰囲気だけでヒーローもののマンネリを脱しているという凄さがある。
逆に云えば、どんなにダークでクールな雰囲気を醸していても、悪と正義のパフォーマンス比べでしかなかった。原作(と一般に呼ばれているような)コミックなどをまったく読んだことがないからかもしれないが、バットマンそのものへの追及がなされていないことについては、そんなものなのだろうか、という疑問を抱いた。もしかしたら、原作を読み、バットマンの設定を知り尽くしたファンの方であればまた違う楽しみ方が出来るのかもしれない。
【写真】 日清 ブラジリアンチキンヌードル


カップヌードルのブラジリアンチキンです。ブラジル風濃厚スープとのことですが、割とあっさりめで、コンソメ風味でした。というか、ブラジル風スープってどんなの……? 具は(フライド)ポテトとチキンが主役でした。
下の写真は、イオンのお好み焼きとたこ焼きセットです。594kcal。カップヌードルが436kcalだから、1000kcal超えてますね。ジャンクフードはやっぱり控えめに……。
【映画】 『ファイナル・デッドコースター』
![]() | ファイナル・デッドコースター 通常版 (2006/12/22) メアリー・エリザベス・ウィンステッド 商品詳細を見る |
“いつ”“誰が”“どう”死ぬか全く予想のつかないストーリーで映像に緊張感を持たせ、一瞬たりとも画面から目が離せない独特のホラーテイストで大ヒットした『ファイナル・ディスティネーション』シリーズ3作目。主人公が予知夢を見ることで始まる“お約束”もちゃんと押さえつつ、今回は新たに写真が“死の瞬間”を予告するという新たな謎解きが加わっています。『デッドコースター』の続編。『ファイナル・デスティネーション』のシリーズの第3作。
遊園地でジェットコースターに乗ったウェンディ(メアリー・エリザベス・ウィンステッド)は、事故で無惨に死んでいく自分たちの予知夢を見てしまう。直後その夢は現実となり、ジェットコースターからウェンディと共に降りた10人だけが間一髪死を免れた。しかし死の運命は彼女たちを逃さない…。
例によって予知夢で悲惨な事故を回避した数名が死の運命に抗えずに結局は殺されていくというプロット。
ウリのスプラッター表現は本作も冴えていた。シリーズのお約束であったスローモーション演出は無くなっているが、殺され方のバリエーションは更に豊富で趣向を凝らされるクオリティになっており、その悪趣味具合が楽しい。
前作のようにテンポ良くガンガンと人が殺されていくのではなく、一人一人、ケース毎にじっくりと殺害シーンを魅せるという点では前々作の方向に回帰しているとも云える。
ストーリーに捻りはないのだが、死の運命(死神)から逃れるために死の順番を狂わそうというアイディアの過程で友人間で駆け引きというか「お前が死んでくれ」的な黒いメッセージのやり取りがあったのは面白かった。ここらへんの要素をもっと掘り下げていけば着信アリFinalのような人間の心性が醸すホラーの面白さというものも出せたのではないかとも思う。そうかといってストーリー性に偏りすぎることでバランスを欠き、ウリのスプラッター表現のパワーも削いで欲しくない。このシリーズの次回作があるとかないとかいう話があるが、マンネリのストーリーにもうちょっと捻りを加えて欲しいという思いと、スプラッターに徹底的にこだわって欲しいという2つの期待感が交錯する。
ゲームをやっていたから犯罪した、っていうじゃない?
<犯罪予告>ネットに書き込んだ中学男子を補導 新潟県警「(犯罪予告の)書き込みをすれば人が騒ぐと思った。実行する気はなかった」
インターネットの掲示板に「JR新潟駅に放火し、無差別殺人を起こす」などと書き込んだとして、新潟県警新潟東署は15日、新潟市内の男子中学生(13)を補導した。東京・秋葉原の無差別殺傷事件の報道を見て「(犯罪予告の)書き込みをすれば人が騒ぐと思った。実行する気はなかった」と反省の態度を示しているという。
調べでは、少年は10日午後7時半ごろ、自宅のパソコンからインターネットの掲示板「2ちゃんねる」上に「6月30日月曜日、19時30分に、新潟駅に放火する。放火した後、新潟駅周辺で無差別殺人を起こします。みなさんさようなら」と書き込んだ疑い。
少年は、殺人や強盗などの犯罪を繰り返してポイントを稼ぐという設定のゲームソフトの名を挙げ、「ゲームをやっていたら(犯罪を)やりたくなった」と供述しているという。
書き込みを見た複数の人が警察やJRなどに通報。11日に警察庁から連絡を受けた新潟県警が脅迫容疑で捜査していた。近く児童相談所に通告する方針。【岡田英】(毎日新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080615-00000027-mai-soci
と、
殺人や強盗などの犯罪を繰り返してポイントを稼ぐという設定のゲームソフトの名を挙げ、「ゲームをやっていたら(犯罪を)やりたくなった」
が、あまり自分の中で繋がらなかった。あえて繋げれば、彼はバーチャルな世界であるゲームと社会であるモニターの向こう側のネットを混同していたように受け取れる。突っ込んで云えば、本当に実行するつもりがなかった程度には生身の存在する現実とフィクションの区別がついていたともいえる。ま、よくわからない。こういうのを放置すれば放置したで相手にされなかったことをムキになって犯罪する奴もいるんだろうし。というか、それが加藤智大なんだろうし。この件は規制論者的にはガキ自身がゲームの影響と積極的に動機を発言している(と報道されている)点と、一応建前として主張しているガキの未成熟さのアンバランスさをどう処理するのかが皮肉的な意味合いで微妙なところかも。
ストレートに規制論と繋げたとして、加藤智大の事件と派遣の問題を意図的に政治性を絡ませて繋いだ論調がネットに一定の勢力として存在する程度には、この手の事件が起こるたびに意図的にオタクバッシングに軸を置く勢力がいてもいいとは思う。派遣の問題がある限りこのような事件はこれからも起こるとか、児童ポルノ・残虐ゲームを放置する限りこのような事件はこれからも起こるとか、まあ、それはそれでいいんじゃないとも思う。
ただ、例えば秋葉原の歩行者天国の(一時)中止が既定路線であったとしても、堰を切ったのはつまりは一件のリアルな凶行事件であったように、また、一部が加藤と派遣の問題を繋げてはしゃぎたてたように、印象的な事件が政治的オピニオンにリアリティを与えて、世の中は流れていくわけで、自分は紛れも無い規制論者だけど、うまく我田引水できないというか自らあえて堰を造っているかのようなところがあって、同じ立ち位置にいるかのような存在ですら距離が遠く感じることがもどかしい。日本ユニセフとか。そして、その距離感に自己満足してたりして。
余談だけど、今回の件で親・保護者の責任というのは、まあ、論理としてはそうなんだろうけど、そういうバッシングは、ベタに受け取ると、結局は管理の徹底を促し、子どものプライベートの剥奪になるんだろうと思った。そして、そういう意見がネット上に踊っているのを目の当たりにすると、何とかフィルタリングっていうのもあながち悪くないというか、ネットさせない・ケータイ持たせない路線よりは(子どもにとっては)マシなのかなと思った。
【写真】 ファンタ ふるふるシェイカー グレープ味


オレンジに続いて、ふるふるシェイカーのグレープ味も買っちゃいました。つい……。
下の写真はヤマザキの小さなかしわ餅詰合わせです。6月16日は和菓子の日ということだそうなので、今日ではなく、明日のことですが、買ってみました。ちなみに本日6月15日は千葉県の県民の日でした。自分で調べた限り、市原市的には大したサービス・催しが無かったので、県民の日に因んでの満喫とはいきませんでしたが、どこもこんなものなのかなあ。
【アニメ】 『めぐみ』

昭和39年(1964年)10月5日、横田家にはめぐみという名の女の子が誕生した。一家は双子の弟が生まれたあとしばらくして、新潟に引っ越す。やがて、めぐみは中学校に進学。幸せな家族生活が送られるはずだった。だが、昭和52年(1977年)11月15日、めぐみさんは北朝鮮当局により拉致されてしまう…。北朝鮮による日本人拉致問題の認識を広めるために制作されたというアニメ『めぐみ』を観た。政府の拉致問題対策本部のウェブサイトはこちら。僕はGyaoの方で観たけれども、コピーフリーの動画ということで著名な動画共有サイト等にアクセスすればいつでもどこでも手軽に視聴できるようになっているとのこと。
25分程の尺で、内容はタイトル通りに横田めぐみさんの事例にほぼ絞られている。日本で拉致問題といったら一番著名な被害者というのが横田めぐみさんというのもあるんだろうが、それには13歳の少女が拉致されるというセンセーショナルな面が手伝っている。その点を本作はきちんと把握しており、25分というボリュームで本作が選択した作戦は小難しいメッセージの送信ではなく、拉致された「少女」と引き裂かれた「家族の絆」というドラマのアピールであった。
横田滋さん役に山ちゃんこと山寺宏一。横田めぐみさん役に高山みなみとかなり豪華なキャスティング。横田滋さんはロマンスグレーというかちょっとキザで渋くてかっこよすぎるかなと感じたし、横田めぐみさんのあまりの美少女っぷりにも驚きがあったといえばあったが、まあ、そこらへんはアニメだし、デフォルメだし、気にしてはいけないのだろう。
と思いながらも、やはり気になるめぐみさんの可愛らしさ。めぐみさんの美少女ぶりというのは、見た目だけでなく、内面の可愛さも積極的にアピールされている。着物を着た時の立ち居振る舞いについての母子のエピソードなどが紹介されており、大和撫子的な魅力が醸されている。そういう点で時代を感じさせるというか、今時の普通の少女という記号とは一線を画す純朴さ、ノスタルジーな感じ、ギャップが魅力的に映った。この美少女アニメ的な「萌え」の風味を引き出しているのは明らかに意図的で洗練された演出手法からなので、人により好みがわかれるかもしれないが、そういう観点から観ても面白い作品になっている。どういう経緯で制作されたのかはよくわからないが、良い意味でも悪い意味でもプロフェッショナルにキャラクターの魅力に偏らせたアニメだとは思った。
- 06/15/22:54
- 漫画・ゲーム・アニメ
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