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【アニメ】 『レ・ミゼラブル 少女コゼット』

レ・ミゼラブル 少女コゼット 1 レ・ミゼラブル 少女コゼット 1
名塚佳織、松元環季 他 (2007/05/25)
バンダイビジュアル
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フランス革命以降、いまだ混乱のなかにある19世紀前半のフランス。ファンティーヌは3歳の娘・コゼットとともにパリ郊外の村・モンフェルメイユにやって来る。ファンティーヌはそこで出会ったひと組の母娘の微笑ましい光景を見つける。それはこの村で宿屋『ワーテルロー亭』を営んでいるテナルディエ夫人と娘のエポニーヌ、アゼルマの母娘が遊ぶ姿だった。その風景にファンティーヌは安心し、夫のテナルディエにも丸め込まれたこともあり、金を払って夫妻にコゼットを預け、仕事があるというモントルイユ・シュル・メールに旅立つ。

しかし、テナルディエ夫妻は相当な悪党であった。コゼットに家事を押し付け、『ワーテルロー亭』の使用人としてこき使って虐待する一方、ファンティーヌにコゼットの養育費を請求し始めたのだ。しかも、エポニーヌとアゼルマもコゼットをいじめるようになる。それでもコゼットは母が迎えに来ると信じて、辛い日々を乗り越えてゆく。テナルディエ夫妻の息子・ガヴローシュと愛犬シュシュとともに。

一方、ファンティーヌはモントメイユ・シュル・メールの市長・マドレーヌと出逢い、彼の経営する工場で女工として働き始めるが、人間関係のトラブルに見舞われマドレーヌの知らないところで工場を解雇されてしまう。娘のためにありとあらゆるものを売ってしまった彼女は、路上生活者になってマドレーヌを恨む日々を送るようになる。ある冬の日、病に倒れてしまったところをマドレーヌに救われる。マドレーヌにコゼットをモンフェルメイユから連れ戻して欲しいと懇願し、彼もそれを了承するが、マドレーヌには衝撃的な過去が隠されていた。

彼の本当の名はジャン・ヴァルジャン。一切れのパンを盗んだ罪で19年間も牢獄にいた服役囚だった。しかも、現在も警察に追われているという。そんな彼を刑事・ジャヴェールが追い詰めていく。

紆余曲折はあったものの、ファンティーヌの約束を果たすべくモンフェルメイユに着いたジャン・ヴァルジャンは、クリスマス・イヴの夜、村外れの泉でついにコゼットを見つけ2人の新しい生活が始まる。
 10年ぶりに復活したアニメ世界名作劇場は『レ・ミゼラブル 少女コゼット』。いやー、観ましたよ。毎週BIGLOBEストリームで律儀に観ましたよ。僕は原作のヴィクトル・ユーゴーの小説の方は未読。読もう読もうと思いつつ結局読めなんだ……。

 母子家庭のファンティーヌ(母)は生活のために仕事を探すが荒廃した社会の中にあって仕事を見つけることが出来ない。子持ちでは就職に不利であることを実感したファンティーヌは、親切な(振りをした)テナルディエ一家の善意に甘えて娘のコゼットを預け、仕事を探すために旅立つ。しかし、コゼットが預けられたテナルディエというのが酷い悪党でコゼットは散々こき使われる。また、テナルディエはファンティーヌの送ってくる養育費を何かと理由をつけて釣り上げ、ファンティーヌとコゼットを悲惨の一途へと追いやる……。

 というのが初めの十数話ぐらい続く。これがドラマ家なき子風の暗いタッチ。その悲惨さ・やるせなさが如何にも名劇という感じで面白かった。が、それも少女時代のコゼットまででジャン・ヴァルジャンがコゼットを救ってコゼットが大きく成長するあたりからいまいちになった。社会保障とか人権意識がほぼ無いに等しいという社会背景における貧しい人達の困窮とそれを救おうと情熱を持ち革命に立ち上がる青年達、そのあたりのストーリーが訴えかけてくるものはあったが、やはり感情面でピンと来ないのは主役のコゼットが中盤以降はずっと裕福な生活に恵まれており、そのホンワカさ、社会の荒廃・殺伐とのあまりのギャップが大きい。そのおかげで暗い物語を悲惨にせずに明るくする演出になっていたし、一方で、切実さを殺してしまったように思う。いくらコゼットが貧しい人達のために活動をしてもコゼットと貧しい人達の距離が遠すぎるように映った。その意味ではコゼットがホンワカしているのは悪いことではなく非常に示唆的だったのではないか。変な見方をあえてしてみれば母ファンティーヌが悲劇に追い込まれた世間知らずさがここで皮肉にも強烈なメタファーとして効いているのではないか、なんて考える。より正確に云えば映し出されるアニメ映像そのものと観ている自分との距離が遠かったのだ。つまり、こんな綺麗でホンワカした姉ちゃんが大量の貧しい人達のためにパンを配る。貧しい人達はその綺麗な姉ちゃんに直に貰う。大人しくパンを貰って引き下がる。この光景と自分との距離感に戸惑ったし、コゼットと貧しい人達の良識の備わった暗黙の社会的信頼関係に違和感を覚えた。ま、ここらへんに関しては自分が原作を読んでおらず、当時現在問わずフランスとヨーロッパに対して無知であることが大きいのだと思うが。

 序盤のコゼットとファンティーヌの悲惨さにより十分に「その他大勢」である貧しい人達のドラマを導き出せるところはある。あるが、やっぱり中盤・後半は弱い。コゼットとマリウスの恋物語も恵まれた者同士の関係でドラマ的にあまり面白くない。とはいえ、コゼットと対の関係として描かれるエポニーヌが絡んでくるあたりは面白いし、最終話目前でコゼットが自分の母親の事を聞き、その健気さと悲惨さと感謝に涙をするシーンはそれまで全話見ていたからこその感情移入が出来、感動である。今作も家族で揃って観たい温かい名劇であったことは間違いないのだ。
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