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【映画】 『オースティン・パワーズ』

オースティン・パワーズ<USA VERSION/DTS EDITION> オースティン・パワーズ
マイク・マイヤーズ、エリザベス・ハーレー 他 (2003/02/19)
ポニーキャニオン
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1960年代に冷凍保存され1990年代に復活したオースティンが宿敵Dr.イーブルと対決する。単なるコメディだけでなく、時代のギャップに直面するオースティンの悲哀も描いている。美女とスパイとパロディ満載のどたばたコメディとしては1967年に「007 カジノ・ロワイヤル」(デヴィッド・ニーヴン等主演)があり、本作品がインスパイアされているのは明らかである。
 世界中で大ヒットを飛ばしたというオースティン・パワーズの第一作を観た。僕としては第三作の『ゴールドメンバー』以来の鑑賞。ゴールドメンバーがつまらなかったのでオースティン・パワーズ自体にあまり良い印象を抱いていなかったのだが、世間ではゴールドメンバーが断トツで「つまわらない」という評価の低さであることから、ゴールドメンバーだけ観てオースティン・パワーズを嫌っちゃうのもどうかなと考えていた。そこで今回の鑑賞である。

 オースティン・パワーズは007シリーズのパロディであるらしいが、僕はそのシリーズはほとんど観ていないし、はっきりいって関心も無い。この時点で実はズレているのだろうが、内容自体は勿論007を知らなくても楽しめる作りになっている。といっても、僕は楽しめなかった。それは矛盾なく云えば、007シリーズを知らないからではなくて、本作の「笑い」そのものに笑えなかったからである。007シリーズを知っていればより楽しめる出来であるそうだが、そういう要素とはまるで違う次元で既に醒めきっている自分がいた。

 品が無さ過ぎて露骨に性的なギャグというのも多少は関係があるのだろうが、根本の理由は違うような気がする。僕はビートたけしとかは好きなのだから。思うにオースティン・パワーズには毒が無い。コンプレックスがない。そういう、まるで学校のクラスの人気者のギャグのようなセンスなのだ。扱っているのは下ネタだが、基本的に正道過ぎる。女で云えばチアリーダーのようなヒエラルキーのトップによる笑いなのだ。あけっぴろげで、清清しいほどのキャラクターと下ネタのギャップがよいのかもしれないが、そのあまりの明るさ・眩さに自分としてはどうしても受け入れられない。全く笑えない。本作で笑えた人は幼い頃に学校のクラスの人気者のギャグを称賛し、大いに笑えた幸せな人なのかもしれない。もしくは、まさにそういった人気者であった人、あるいは、そういった人に憧れ続けた人であるのかもしれない。僕はいずれでもなく、本作は必然的に受け入れられない。どうしても「くだらない笑い」にしか受け取れないのだ。

 ただ、60年代から90年代に時代を移すという設定によって主人公の時代感覚と現代の感覚とのギャップをギャグで風刺的に表現する手法・表現したシーンは知的で良かった。
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