【映画】 『ボウリング・フォー・コロンバイン』
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コロンバイン高校銃乱射事件はなぜ起きた? 全米に衝撃を与えた事件を背景に、銃社会のアメリカにマイケル・ムーアが疑問符を投げかけるドキュメンタリー映画。ムーアは、全米ライフル協会会長チャールトン・ヘストンへのアポなし取材や、犯人が心酔していたと言われる歌手のマリリン・マンソン、人気アニメ・サウスパークの制作者へのインタビューを敢行。ユーモアを混ぜながら、何かが異常で、矛盾だらけなアメリカの銃規制の現状を描きます。1999年に起きたコロンバイン高校銃乱射事件、全米に衝撃を与えたこの事件を題材としてアメリカの銃社会を取材したマイケル・ムーアのドキュメンタリー映画。銃による痛ましい事件が多発しているのに何故アメリカは銃を規制しないのか。マイケル・ムーアは銃規制に対して積極的な姿勢をみせるというポジションで本作に取り組んでいる。
1999年4月20日、アメリカ・コロラド州の小さな町リトルトン。ふたりの少年は朝6時からボウリングに興じていた。何の変哲もない1日の始まりだった。このあと、コロンバイン高校でふたりの少年が銃を手に、12人の生徒と1人の教師を殺害したのち、自殺すると誰が予想しただろうか…。
交通事故で死ぬ人間より銃の発砲で死ぬ人間の方が多いアメリカ、一般的なスーパーで容易に銃を購入出来るアメリカ、銀行で口座を開くとキャンペーンアイテムとして銃が貰えちゃうアメリカ。いきなりムーアらしいユーモアと軽快さが全開され、観る側のハートをぐっと掴みにかかる。
アメリカ建国の歴史と銃の関わりがカートゥーンによって分かりやすく説明されているなど常に視聴者を意識して構成されている丁寧さは映像作家の鑑といえるのかもしれない。全米ライフル協会の存在と圧力、恐怖を煽るメディア。銃の保有率ではカナダも高いのにアメリカの銃殺事件数が断トツで高いのは一体何故か。次々と投げかけられる問題にマイケル・ムーアは明確な答えを出せていないが、それだけ複雑な構造であることを示唆している。しかし、マイケル・ムーアはアメリカという国と国民を病んでいるものと確信し、キチガイに刃物論的なものを展開させ、ひとまず身近なところから銃を遠ざけようと、コロンバイン高校の銃乱射事件で体内に銃弾を残す犠牲者達と共に事件の犯人が銃弾購入を行ったスーパーマーケットに銃弾を店に置くのを辞めるように訴える行動を起こす。粘り強い行動はやがて実を結び、対象のスーパーマーケットから銃弾を取り除くことに成功し、ひとまずの勝利の歓喜が彼らに訪れる。
本作におけるマイケル・ムーアの明確なメッセージの一つはまさにこのような草の根的な運動をし、徐々に社会を変革していこうということだった。そのメッセージが我々に託される瞬間、銃社会の闇というテーマの重さをあえてユーモアで和らげることで視聴した時間を楽しんでもらうことにより多くの人に本作が提起する問題を広める意図が最高の輝きを放つ。
また、自由を掲げるアメリカがその自由を守る代償としてアメリカ国民と世界の国々に背負わせているリスクと、そんなアメリカの自由に対する「糞喰らえ」というのも本作では明確なメッセージとして受け取れる。
しかし、だ。作品のメッセージの一方で、本作中のインタビューシーンにおいて銃を何故所持するかという質問に対して、
「自分と自分の家族と守るためだ。警察や軍隊は当てにならない」
と答えていた若者に僕は感銘を受けた。これが一番ピンと来たのだった。彼、彼らは勿論のことながら国を愛しながらも、究極的には国家権力の干渉を憎み、自ら距離をとっている。自分と自分の家族の身の安全は自分で守るという強い意志の象徴が銃であり、自己の責任による自立において国家主義とは相容れない自由を手にしているのだ。
マイケル・ムーアは本作でカナダを称賛している。人と人の繋がりが信頼で繋がっていて、人権を意識して思いやりと福祉に溢れる。社会が安心と信頼に包まれているから銃保有率が高くとも銃による犯罪が少ない。そういう風に描かれている。
ところが、例えば2ちゃんねるで児童ポルノ規制に反対している方々によればカナダは道徳面での法規制が厳しく、表現の規制、国家権力の干渉を憎む彼らにとってはカナダは自由のないキチガイ国家扱いされている。勿論、マイケル・ムーアは本作中において保守メディアが銃乱射事件の犯人に悪影響を与えたとしたものとしてバッシングしたマリリン・マンソンの影響に懐疑的であるし、その点では国家主義を憎む若者よろしく「自由」を愛する立場であるのだろう。
しかし、国家権力の干渉を否定しながら、その結果及んだ被害の責任を自己ではなく国家に求めてしまうような矛盾した態度は非常に左翼欺瞞的で、結局は規制国家にならざるを得ないのではないか。自分で自分の身を守れなければ、その覚悟が無ければ、警察におんぶにだっこにならざるを得ない。それでいいのか。そう考えると、マイケル・ムーアが本作で見せるペンの強さへの信念に胸を打たれつつも、とりあえず銃という自由の象徴であり具体的な実現道具を店から取り除くことで良しとしてしまう行為がどうしても腑に落ちないところではあった。
リネージュ1/アークトゥルスサーバーで遊んでいる龍神王です。 2008年03月01日 ... 式前なのに、さいば魔法連打でカヅさん殺しちゃいましたよw ...
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