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【映画】 『ゴースト・ライト』

ゴースト・ライトゴースト・ライト
(2007/02/02)
デミ・ムーア

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 2006年のドイツ・イギリスのサスペンス・ホラー映画『ゴースト・ライト』を観た。デミ・ムーア主演。

 デミ・ムーアといえば、僕の場合、ちょうど思春期真っ只中に公開された『G.I.ジェーン』で体育会系男性社会である軍隊の過酷な訓練を耐え抜く女性を演じたことが印象深い。しかし、一般的にはやはりデミ・ムーアといえば『ゴースト/ニューヨークの幻』のイメージだろう。

 本作はデミ・ムーアのそのようなイメージを利用してか、ニューヨークの幻の亜流のような要素を備えている。ニューヨークの幻では亡くなった恋人が現れて助けてくれるが、本作では亡くなった子どもがデミ・ムーア演じる母親であり女性小説家を助ける事がオカルト的なキー要素として構成に組み込まれているのだ。

 一方で、本作は単純なオカルト・ホラーの枠に収まることを拒否している。デミ・ムーア演じる女性小説家は子どもが亡くなったことに大きなショックを受け、過疎地にある離島へと孤独な新生活を求める。女性は、その地で灯台守の男と出会い次第に良い仲になっていくが、やがて、女性が関係を持ったその男は実は数年前に既に亡くなっていた事実が判明する。自分が出会い、起きた事実は何だったのか……、女性は疑心暗鬼の恐怖の渦に呑みこまれていくが、実はこれらは全て女性を殺して金だけ取ろうとした夫と女性小説家の編集者がグルになって仕組んだ罠だった。

 という風に、ストーリーのパラダイムシフトによって、最終的には人間対人間による恐怖というサスペンスに変化している。また、それまでオカルト的であった子どもの不気味な存在も、最終的には救いの存在となり、これこそが実は幻だったとも解釈できる。そうすることで現実的な恐怖をより引き立てている。

 鏡に映った自分の姿が自分がしている行動と違う姿で映し出されたり、身の回りの小物を僅かに変化させることで、主人公をあくまでも精神的に間接的に追い詰めていく手法は、Jホラー的な湿り気を帯びた怖さを表現することに成功している。

 物足りないのは、際立った演出が無く、もう一歩ホラーとしてグロテスクな方面に踏み出して欲しいところで踏みとどまってしまっている大人しさか。それが本作にある現実感であるとはいえ、娯楽作品としてはもう少しホラー演出に過激に踏み込んでもらいたかった気もする。
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