【本】 『五分後の世界』 (村上龍)
![]() | 五分後の世界 村上 龍 (1997/04) 幻冬舎 この商品の詳細を見る |
小説の設定自体はそれほど珍しいものではないが、戦闘描写が動的で読んでいて感覚に訴えるものがある。そのあたり村上龍らしい。ただやはり若い頃の例えば『テニスボーイの憂鬱』や『走れタカハシ』『限りなく透明に近いブルー』『69』『海の向こうで戦争が始まる』のように村上龍という若い生命が持つ感性とパワーを最大限に発揮させた小説が好みである者としては、本作は、著者があとがきで認めているように情報を技術で組み合わせただけの小説に映ってしまい、『イビサ』や『トパーズ』と並ぶ駄作に感じてしまう。
アメリカの軍事力に屈せず、アメリカの文化的価値観に屈せず、アンダーグラウンドにこもり民族の誇りをかけゲリラ兵として戦う日本人の姿は小説内の主人公である小田桐を通して読者にその格好よさが伝わる。一方で戦わない者を非国民村という惨めな領域に押しやるダーウィニズム的な世界を賛美する表現に若い人間は夢中になるんだろうなあと思うと苦笑もしてしまう。そういう人には是非聞いてみたい。で、あなたは武器をとって戦おうと思ったことがあるのですか? 自衛隊に入ったのですか? 1ミクロンでも入ろうと思ったことがあるのですか? 何故入らないのですか? 他にやりたいことがあるからですか? 内心でこれほど軍隊を馬鹿にしていることもないのではないだろうか。
日本の伝統が大切としながらも、何よりも生き延びることが大切だとし、国旗は所詮象徴だとし、能や狂言や短歌という世界に通じない表現を侮蔑する様は村上龍らしい小説だと思った。
「国連軍との戦闘に参加したそうですね」勇気とプライドのある国として描かれる五分後の世界の日本だが、そこでも出生率の低下に悩まされているという描写が見られる。勇気とプライドがあっても少子化だけは解決しないのか。
マツザワ少尉が小田桐にそう聞いた。ええ、と小田桐はうなずいただけですぐに目をそらした。まともに顔を合わすことができなかった。整った顔立ちだが、思わず振り返ってしまうような美しさではない。それなのに妙に胸が騒いだ。制服のせいでもなく、マツザワ少尉の態度が恐ろしく自然でまともなために、逆に強烈に女を感じてしまうのだ。化粧や、喋り方や一つ一つの仕草に、女の属性や特性を強調したり、媚を示すところがまったくないので、逆に種としてのメスだけが持つ柔らかな何か、感触や匂いや分泌物などを抽象化した何かが漂ってきた。
……
こいつらは、と小田桐は思った。こうすればあなたもセクシーな女になれます、などというあっちの世界の女性誌の特集なんかとは完全に関係ないところで生きている。不特定多数の異性に自分を売り込むというコンセプトがない、すると逆にメスとしての特性が際立ってしまう、結婚した後も寝室とそれ以外の場所で無理なくふるまい方を変えることができる。
……
中学生の少年は、よく噛んで食べなさい、と母親に注意されながらチキンライスを口に運んでいたが、育ちざかりなため、やはり誰よりも早く食べ終えて、両親と妹がカレーライスやチャーハンを食べるのをじっと見ていた。あら、と母親が言った。あなた、まだお腹が空いているんじゃないの? 母親にそう聞かれて、少年は首を振った。父親が顔を上げ、一粒残らずきれいに食べられたチキンライスの皿と少年のの顔を交互に見て、何かもっと食べるか、と言った。少年はまた首を振った。父親は少年に笑いかけた。今は一番腹が減るんだ、しっかり食べていいんだぞ、月見うどんか何か注文すればいいじゃないか。少年は、いいよ、と少し大きな声で言った。ボクがもう一つ頼むとおとうさんが使える外食券が減るじゃないか。父親と母親は顔を見合わせて、微笑んだ。そんなことを気にすることはないよ。すると、小学生の低学年らしい妹が、おにいちゃん、あげる、と自分が食べていたオムライスを少年の方に向けた。妹はひざの上に古くなった人形を載せている。あなたは自分の分を全部食べなきゃだめ、と母親が少女に言って、少年のために月見うどんを注文した。月見うどんが運ばれてきて、少年が食べ始めると、うまいか、と父親が聞いた。少年はうれしそうにうなずいた。
小田桐は涙を流しそうになっている自分に気づいた、あの母親はどこかへ消えていったりしないだろう、と思った。小田桐がずっとそれに飢えていた嘘のない親和力のようなものが四人の家族を包んでいる。
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