コウイチブログ

本と映画と、ついでに市原市
トップ映画 → 【映画】 『es [エス]』

【映画】 『es [エス]』

es[エス]es[エス]
(2003/01/16)
モーリッツ・ブライプトロイ

商品詳細を見る

わずか7日間で実験中止―それは人格を狂わす禁断の心理実験。1971年にスタンフォード大学で行われ今も実施禁止となり、訴訟問題にまで発展した実験を描いた問題作。監督を務めたのは、『ヒトラー 〜最期の12日間〜』のO・ヒルシュビーゲル。ごく一般の人が、次第に人格を狂わせていく様子に背筋が凍ります。

元雑誌記者のタレクは、“被験者求む。模擬刑務所で2週間の心理実験”という新聞広告を見て、レポートを書こうと実験に応募する。集められた被験者たち24人は、看守役と囚人役に分けられ生活するように命じられた。しかし、実験開始から1日も経たないうちに被験者たちの態度は次第に暴力と服従に分かれ、実験は混沌とした状態に陥っていく…。
 2001年のドイツ映画。実際に1971年にアメリカのスタンフォード大学で行われたというスタンフォード監獄実験をモデルに制作されたフィクション。高い報酬とバックにある機関の公的信用性をウリに新聞の求人募集で集められた24人の被験希望の一般人が看守役と囚人役に分けられて擬似刑務所で生活をする。

 細かい部分までこだわられて作られた擬似監獄の閉鎖性と看守と囚人の役割は、実験当初こそ和やかな雰囲気で進行したものの、徐々に看守役が自分の役割・権力に心酔するようになり、規則を重んじ、秩序を維持するために、囚人役を力で征服しようとしだす。規律と秩序を過度に重んじるあまり、看守役は自らが規則を踏み外し、気に入らない囚人役への集団暴力がエスカレートしていく。そして、それは惨劇につながる……。

 閉鎖的空間において権力者と非権力者が一緒にいると、それが偽の役割だとしても、徐々に権力に心酔していく集団であり個人の怖さ。役割を与えられるだけで、服従する者までが、没個人化され、貶められた地位にまともに染まってしまう怖さ。人間の良心や理性といった心性に歯止めを期待することの虚しさが表現されている。暴走する看守役にヒトラー的な雰囲気を醸した演出はなんとも示唆的。

 後味の悪さが云われる作品だが、囚人役で主人公の記者(ペンの力の象徴)と同じく囚人役の軍人(鍛錬を積んだ存在)だけはどんなに過酷な環境においても自我が崩壊せず、自らの尊厳を守り続ける。看守の虐待に対する反抗心を燃やし続けたことで道が切り拓かれる筋書きは、理性や良心に対する絶望を描きながら、なおも人間の心性に対する希望にこだわられている。看守役の一人が繰り返される虐待・制裁(リンチ)に見かねて囚人に協力し手を差し伸べるエピソードなどもそうだが、人間に対する希望を最後まで捨てていないところで、娯楽映画的に爽やかに描かれ、カタルシスが存在している。してしまっているともいえる。

 記者の主人公にせよ、軍人の男にせよ、囚人役を克服するだけの強い使命感が自我の崩壊を防いでいたようにもみえる。金目的や興味本位でやってきて、あっけなく閉鎖世界のピースに陥ってしまう存在とは対照的であった。

 軍人についていえば、例えば日本の自衛隊で教育を受けた人は本作のような支配関係に、悲しいことにリアリティと共感を抱いてしまうだろうのではないだろうか。閉鎖的空間におけるコントロールが効かない役割集団の暴走については、イラクで米兵が捕虜を虐待しているという本作映画のような映像が現実に存在していたりする。そういった事に対するフォローが本作における軍人という要素であるが、突っ込めば、力を持っているからこそ弱者の味方であれ、というメッセージなのだろう。軍人が看守役に回っていたらどうなっていたか? 想像したくない。これは記者(ペンの力)についても同様である。

 本作は実話をモデルにしながらも、ペンの力や剣の力が弱者の側についていたおかげで救われたという希望のフィクションなのだな、という感想である。
URL
コメント
パスワード
秘密
管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバックURLはこちら
http://kouichi0226.blog71.fc2.com/tb.php/1656-695aebe8