【本】 『さよなら原辰徳 栄光と悲劇の四番打者』 (荘田健一)

勝代さんが言う。第二次原政権となった巨人の今シーズンは開幕こそ好調でスタートダッシュに成功し、このまま首位を独走かと思われた時期もあったが、交流戦に差し掛かる頃に失速、主力の怪我が相次ぎ、大型連敗を繰り返し、8月にはとうとう最下位にまで落ち込んだ。その後、上昇気流に乗ったとはいえないまでも、なんとか順位を上げ、今シーズンを4位で終えることになる。
「とにかくあの子は優しい子でした。私がつくった料理はいつもおいしい、おいしい、とみんな食べてくれましたし、お父さんがあの子を怒る時も、仕方ないよ、お父さんにはお父さんの立場があるんだから、とまったく気にしないんです。自分の息子のことを誉めるのは親バカとわかっていても、とにかくあの子には悪い面がなかった」
原はそういう性格だった。
堀内政権下において低迷に喘いだチームに不満を持っていた巨人ファンとしては念願の原監督の復帰であっただけに、今シーズンの結果は残念だっただろう。ところで、本書には原監辰徳の現役生活の頃について書かれている。本書の中で、原辰徳のスター性、子どもの頃からスター街道を歩んできた故の屈折のない天真爛漫な人間性を素晴らしいものとして著者である荘田健一氏は書いている。
原はかつてこう言ったことがある。また、本書ではスター街道を歩んできたがゆえの原の世間知らずなところや人間的な甘さまでも原擁護的に書かれている。もっとも、現役の頃の原は甘さがあったのかもしれないが、最近の原辰徳は挫折を経験した大人の男の顔であると僕は思う。嫌味も言えているし、苦虫を潰した顔がサマになっているのをシーズン中に何度も見た。
「ねえ、僕は本当に巨人の四番打者として失格だろうか。成績を見てよ。ホームランは30本打って、打率は2割8分、打点も100打点打っている。それでも失格なんだろうか」
その時、記者たちがこう言った。
「いや、数字的には問題ないんだよ。イメージじゃないかな。だからビーンボールを投げられたら相手に向かっていくとか、そんな気迫を見せた方がいいんじゃないか?」
だが、原はこう答えたものだった。
「だけど相手投手だってわざと投げているわけじゃないんだから……怒れないよ」
そうやって原はさわやかなスター選手としての現役生活をまっとうしたのだ。
闘志を内に秘め、常にファンを大切にし、スマートにプロ生活を送ったのだ。
江川は言った。
「原は生まれながらにしてスター街道を歩いてきた。順調、すべてが順調だった。それは僕にはとてもうらやましいことだった。だが、それはもしかしたら原自身の力なのかも知れない。原の人間的大きさが周囲の汚れた問題を寄せつけなかったんだ」
僕は現役の頃の原をほとんど知らず、僕が野球を見始めたとき、既に原はベンチを暖めていたし、記憶に残っているのは原の引退試合の最後の打席における大野豊との直接対決ぐらいだが、今の原の方が魅力的に感じる。
本書において書かれている中畑清や王監督との確執についての部分を読むと、原よりも王や中畑の方が人間的に魅力を感じる上に、原の人間的甘さと長嶋茂雄への愛という盾を利用した様々な出来事に擁護的に書かれすぎていて辟易してしまったほどだ。
「僕は巨人以外の球団は愛せない。他のチームに行くことは逆にそのチームに失礼なことになる」原が巨人のことを好きで仕方がなかったというのはよくわかる本だ。それほどまでにチームへ忠誠を誓われていた巨人は幸せであっただろうし、そこに入団し現役生活をまっとうできた原もまた幸せであっただろう。惜しむらくは原が愛してやまなかった長嶋が監督になった時、既に原はピークを過ぎており、アキレス腱に悩まされていたことか。
本書はAmazonですら取り扱っていないマイナーな本であるが、原辰徳という人間に関連して巨人内部の派閥などについて書かれている部分があり、僕は巨人内部関係の記述の方についつい目がいってしまった。普段あまり野球関連の本を読まないせいかもしれないが、なかなか興味深く読めた。
ところで、原の引退試合である1995年の10月8日のスタメンは、マック・川相・松井・原・落合・広沢……となっていてやけに豪華だなと思わせられる。もちろん、あの頃の松井はまだ若かったし、原はベンチウォーマーであり、広沢は巨人に来てからイマイチであった。が、名前だけ見ると妙な凄みを感じさせるのはさすが巨人といったところであろうか。
高校、大学時代から、原はすごく人気ありましたね。ほぼ、私と同世代の人です。
私の友人に原選手のおっかけをやっていた子がいて、合宿所や練習場所に押しかけていって、フェンス越しにキャーキャー。
原選手と電話口で話した事がある、というのがその子の自慢でした。
その彼女が「原選手はすごくマナーが良い」って言ってました。
いくら自分のファンだとはいえ、内心うっとうしいなぁと思うこともあるだろうに、常に礼儀正しいと。
相思相愛の巨人に入団してからの原選手は、巨人の4番という華やかなポジションにいたはずなのに、影の薄い選手だったなぁ。
タイトル取った事、あるんだろうか?
巨人時代の原選手で私が覚えている事は、結婚の時、ちょっと女性週刊誌を賑わしたことだけですね。(別に原選手が悪いわけじゃないんですよ。相手の方が少し意外だったので)
私の友人に原選手のおっかけをやっていた子がいて、合宿所や練習場所に押しかけていって、フェンス越しにキャーキャー。
原選手と電話口で話した事がある、というのがその子の自慢でした。
その彼女が「原選手はすごくマナーが良い」って言ってました。
いくら自分のファンだとはいえ、内心うっとうしいなぁと思うこともあるだろうに、常に礼儀正しいと。
相思相愛の巨人に入団してからの原選手は、巨人の4番という華やかなポジションにいたはずなのに、影の薄い選手だったなぁ。
タイトル取った事、あるんだろうか?
巨人時代の原選手で私が覚えている事は、結婚の時、ちょっと女性週刊誌を賑わしたことだけですね。(別に原選手が悪いわけじゃないんですよ。相手の方が少し意外だったので)
>>keiさん
明子夫人のことはこの本にも書いてありました。
離婚暦がある5歳年上ということで80年代当時は驚きだったのでしょうねえ……。父親の貢氏は猛反対したけど、母の勝代さんが実際に明子夫人に会って人間性を確かめた上で貢氏を諭したのだとか。
しかし、そこまでして好きだという熱意のあった原を一度は振って他の男と結婚してしまった明子さんも明子さんなら、自分が付き合っていた女性のホクロについてからかったらある日それを気にしてホクロを手術で取り払ってまで原に気に入られようとした女性を「自分のない女性」として切り捨てた原も凄いな、と思いました。
明子夫人のことはこの本にも書いてありました。
離婚暦がある5歳年上ということで80年代当時は驚きだったのでしょうねえ……。父親の貢氏は猛反対したけど、母の勝代さんが実際に明子夫人に会って人間性を確かめた上で貢氏を諭したのだとか。
しかし、そこまでして好きだという熱意のあった原を一度は振って他の男と結婚してしまった明子さんも明子さんなら、自分が付き合っていた女性のホクロについてからかったらある日それを気にしてホクロを手術で取り払ってまで原に気に入られようとした女性を「自分のない女性」として切り捨てた原も凄いな、と思いました。
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