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【本】 『魔法の水』 (村上龍 編)

魔法の水 魔法の水
村上 龍 (1993/04)
角川書店
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 小説家にとって、恐怖小説、ホラーというジャンルはなかなか魅力的なものだ。
 というより、質のいい小説、面白い小説は常に恐怖に係わりがあるというべきかも知れない。
 それは恐怖が想像力によって引き起こされるからである。想像のないところに恐怖はない。そして小説は、取材によってではなく、想像力によって書かれるのだ。
 小説は、ホラーに限らず、読者の想像力を刺激しつつ、書かれる。
 だが、用心しなければならないのは、その原則を悪用するシステムもあるということで、それはひどく悪質で下らないものだ。
 予定調和というやつがそれで、それは想像力を刺激しているように見せながら、低いレベルでの安堵を与える。
 想像は、情報量が足りない時に発生する。
 だから、読者の情報を低く設定して、適当な刺激を与えながら、結局はその情報量に見合ったテーマと結論で安心させてやる。そうすると低俗な安堵感が得られるのである。
「何だ、そういうことだったのか」というやつで、小説に限らず、テレビや報道などあらゆるところにその方法論は見ることができる。
 この国ではその方法がとりわけ人気がある。
 それがあらゆるエネルギー低下の元凶だと言ってもいい。
 相談相手が周囲にウジャウジャといて、想像を途切れさせる。昔の長屋における井戸端会議のようなものが、ありとあらゆるものを被っていて、想像することを止めさせる。リアルに想像したことがあまりに少ないので、恐怖にかられてヒステリーになるのも当り前だ。この国は、恐らく、集団自決の件数で(太平洋戦争のバンザイ突撃を含めれば)世界一だろう。
 そういった行動こそ、他の視点から見れば恐怖だろう。
 そういうわけで、この国では良質のホラーが、小説だけではなく育ちにくいのである。
 だからこそ、今回創刊される角川ホラー文庫に、私は大きな期待をよせる。
 本書は現代ホラー傑作選と銘打たれ、九つの短編小説が収録されている。

 あとがきで高尚なことを村上龍が書いているが、全ての小説に目を通すと完全にコマーシャルなあとがきであることがわかり、がっかりする。ホラー小説とは名ばかりの少しオカルトが入った小説が並べられているだけで、怖くも何ともない。本書に収録されている作品に目を通すことことによって、皮肉にも日本には良質のホラーが育ちにくいということを納得してしまった。

 収録作品は以下。

村上春樹「鏡」
山田詠美「桔梗」
連城三木彦「ひと夏の肌」
椎名誠「箱の中」
原田宗典「飢えたナイフ」
吉本ばなな「らせん」
景山民夫「葬式」
森瑤子「海豚」
村上龍「ペンライト」

 どれも凡庸で面白みのない作品だったが、それでもあえて挙げるなら原田宗典の「飢えたナイフ」が面白かった。手にとってしまうと一番愛している人間を殺してしまうというナイフの物語で、そのナイフで誰を殺すかというのが愛を計る定規的な役割を果たしてオチがついている。ありがちといえばありがちなのだが、ありがちなものを丁寧に描いた本作はありがちなものをありがちなものとして受け入れられ、通俗的な面白みを感じることが出来る。
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