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【映画】 『ドラえもん のび太の魔界大冒険』

映画ドラえもん のび太の魔界大冒険 映画ドラえもん のび太の魔界大冒険
藤子・F・不二雄、 他 (2001/11/07)
ポニーキャニオン
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 自分の記憶を探ってみたときに恐らく初めて観た映画版ドラえもんが本作『のび太の魔界大冒険』だ。

 魔法を使いたいと誰もが一度は夢見たことがあるだろう。僕も幼いときは魔法という単語が暗示するファンタジーな世界を夢見たものだった。やや面映いが今もそういう部分が自分の中にあると白状する。そんな僕にとって、本作におけるパラレルワールドとしての魔法の世界は単純に魔法で何でも解決するハッピーな空間ではなく、魔法を使いこなすためにはきちんとした勉強が必要であり、高度な魔法を使用するには高価な道具を購入しなければならないなど、現実の科学の世界と夢想していた魔法の世界がほとんど変わらない構造であることに項垂れるのび太の姿は、まるで自分自身の姿のようであり、何か教訓をたれられているようであった。

 本作は序盤でのび太とドラえもんの石像が伏線として現れる。観ている側としてはこれは絶対に本物のドラえもんとのび太だと予想をし、石像の不気味な挙動により予想は確信に変わる。これが序盤でまずあるのだが、これ以降は終盤までは石像に関しては全く触れられなくなる。観ている側としてはどういう話の持っていき方であの石像のエピソードに繋ぐのだろうと予想する楽しみもあり、エンターテイメントとしてよく作りこまれているなと思わせられる。それだけに、唐突にドラミが現れて助力するなど、ご都合主義すぎていくら『ドラえもん』でもやや無理がありすぎるのではないかと思わせられてしまう点は残念だった。

 しかし、全体的にはとても良い出来だったと思う。作中に登場する「チンカラホイ」という魔法の呪文を現実の科学世界に戻ったのび太が魔法が使えないことを承知で唱えるが、その気持ちに痛いほど共感してしまった。僕が小学校の頃はドラゴンボールの孫悟空のかめはめ波などがやはりだめもとでやってみた人が多かった。漠然に子どもとはそういうものだろうとは思うのだが、のび太の気持ちが自分のものとしてわかってしまうので嬉しいのと同時にこそばゆいものを感じた。

 余談に入る。印象深い作品だからかもしれないが、作中に流れる大杉久美子の「ドラえもんのうた」が琴線に触れ、たとえ懐古主義と言われようとも、やはり大杉久美子の「ドラえもんのうた」はいいなあ、とひたってしまった。
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