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【本】 『絵のない絵本』 (アンデルセン)

絵のない絵本 絵のない絵本
矢崎 源九郎、アンデルセン 他 (1952/08)
新潮社
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「ここのすぐ近くの、せまい小路で−−そこはとてもせまいので、わたしは家の壁にそってほんの一分間しか光をすべらせることができません。でもその一分間に、そこに動いている世間を知るのに十分なものを見るのですが−−わたしは、ひとりの女を見ました。十六年前には、この女はまだ子供でした。そして、田舎の、古い牧師の家の庭で遊んでいたのでした。バラの生垣は古くなって、もう花ざかりをすぎていましたが、道の外まで生いしげって、長い枝をリンゴの木立の中までのばしていました。まだあちこちに咲きのこっている花もありましたが、花の女王にふさわしいほど美しくはありませんでした。それでも、色もありましたし、香りもありました。しかしわたしには、牧師の小さな娘のほうが、ずっと美しいバラの花のように思われました。その娘は、のびにのびた生垣の下の、足台に腰かけて、厚紙でこしらえた人形の、へこんだ頬にキスをしていました。
 それから十年たって、わたしは、その娘をもう一度見ました。こんどは、はなやかな舞踏室にいるのを見たのです。そのときは、ある金持の商人の、美しい花嫁になっていたのでした。わたしは娘の幸福をよろこんで、静かな夜ごとに、たずねてやりました。ああ、それにしても、だれひとりとして、わたしの明るい眼と、わたしのたしかな眼差しとを、考えてくれる者はありません! わたしのバラの花も、牧師の家の庭のバラの花とおなじように、ずんずん若枝をのばしていきました。
 日常の生活にも、悲劇があります。今夜、わたしは、その最後の一幕を見たのです。そのせまい小路で、その女は死の病にとりつかれて、寝台の上に横になっていました。ところが、その女の主人は、ただひとりの保護者であるはずなのに、乱暴で、冷酷な悪人だったものですから、その女のふとんをひきはがして、こう言いました。
『起きろ! おまえの顔を見りゃ、だれだっていやんなっちまわあ! さあ、おめかしでもしろ! 金をかせぐんだ! さもなきゃ、表へおっぽりだすぞ! 早いとこ、起きた、起きた!』
『死神がわたしの胸の中にいるんです!』と、その女は言いました。『ああ、どうか休ませてください!』
 それでも、男は女をひきずり起して、顔におけしょうをし、髪にバラの花をさして、窓ぎわにすわらせました。それから、火のもえている明りを、すぐそばへおいて、出ていきました。わたしは、女をじっと見つめていました。女は身動きもしないで、すわっていました。と、手が膝の上に落ちました。風のために窓がはねかえって、窓ガラスが一枚、ガシャンと割れました。けれども、女はじっとすわっていました。カーテンが女のまわりを、ほのおのようにはためきました。女は、もう死んでいたのです。あけはなたれた窓から、死んだ女が、人間のありかたをといていました。牧師の家の庭の、わたしのバラの花が!」
 本書にはこのような詩情豊かな短編が33ほど収録されている。絵のない絵本とはよく言ったもので、確かに小説の形式をとっていて絵がないのだが、一本の短編ごとに月明かりに一枚の絵が照らされ見事に浮かび上がっている。ページ数自体は少ないが、情景描写と人間のあり方を巧みに絡ませていたり、深淵な問いかけがなされていたりと、読み取るのはなかなか難解だ。

 最近、教育に対して、子どもの心に対して、懸念の声が多くあがっているが、子ども達に教え込むのではなくて、自らに考えさせる、一つの材料として本書を推薦したい。少なくとも僕が子どもの頃の夏休みに読まされた箸にも棒にも掛からない課題図書に比べればずっと良書である。
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