【本】 『死国』 (坂東眞砂子)
![]() | 死国 坂東 真砂子 (1996/08) 角川書店 この商品の詳細を見る |
映画の記憶を反芻しながら、今回、原作となった小説を読んだわけだが、小説の方は映画の時のような退屈さはなく話の世界の中にうまく入り込むことが出来た。四国八十八ヶ所を逆に回るという「逆打ち」を行ったことにより死んだ人間が甦るという設定は大変興味深いものであった。四国という限定された舞台のドラマなのだが、主人公が東京からやってきた人間という事で土俗から一歩引いたところから物事を見つめられている点になっていて読者にとってあまりにもかけ離れた世界の話とは思わせないように描くことに成功しているのも良い。
ただ、あまりにも気になったのは登場人物の低俗さだ。恋や愛が一つ二つ描かれているのならそれほど気にならないが、本作の場合、出てくる登場人物全てが自らの劣情に抗いきれていないのだ。抗いきれていない、というよりも、性欲・性的体験を曝け出し過ぎている。年寄りの婆さんが畑仕事をしながら若い頃に付き合って性交した男との思い出を反芻していたり、中年の看護婦が植物人間になった患者の性器を弄んでいたり、それしかないのかと、読者としてはいやになってしまう。
もっとも、ウィキペディアによると著者は
20世紀末 - 21世紀初頭の日本人の前向きな実感は食欲と性欲しかないのではないか、という主観のもと、表現を続ける。著書『愛を笑いとばす女たち』の中で、「すべての男は、私だけに夢中になってほしい」「どんな女も、心の中にはこんな願望を抱えている」「つつましい女は『すべての』とはいわないで、『せめて一人の』と言い換えるだろうが大差はない」と語る。らしいので、本作のような内容なのも致し方ないのかもしれない。なんというかギャルゲー的だな、という感想だ。
ところで坂東眞砂子といえば、猫殺しで話題になったが、僕はその時、初めて坂東氏の写真を見ることになった。はっきりいって美人ではない。美人ではない女性の歪んだ欲望がひしひしと伝わってくる本作は気持ちの悪さを感じたが、例えばジャングルジムの姫のエピソードで、いつも侍女の役で男子が取りあう姫の姿を見ることの辛さなどというのは本物の不細工にしかわからない気持ちなのかもしれない(くらたまなんかには実感としてわからないだろう)し、そこを巧みに突けているという点は見事だ。
子どもの頃器量の悪かった女性が東京で垢抜けて高知に戻り、羨望の視線を浴びるというのも著者の欲望が捌け出された設定だろう。果たして高知県出身の著者は現実に垢抜けて羨望を浴びることが出来たのだろうか、村上龍ではないがまさに想像が恐怖を生む。坂東氏の顔を思い浮かべながら本作を読んだ時、一級の恐怖小説に昇華する。言うまでもなく、性的魅力のない女性への恐怖である。ただ、最近流行っている「萌え」のコンテンツはもしかしたらそういう恐怖、自身の性的魅力の無さがもたらす歪んだ欲望がもたらしているのかもしれない、とすると、坂東的主張の気持ちの悪さを男という一方の視点だけで責めるのは酷か。
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