【本】 『漫才病棟』 (ビートたけし)
![]() | 漫才病棟 ビートたけし (1996/02) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
そのビートたけしの芸人としての下積み時代を下敷きにした自伝的小説が本作である。描かれているのは年功序列の世界であるが、勿論、完全に年功序列であるわけではなくて、本質的には売れたモノ勝ちでもある。そうではあるのだが、やはり年少者は年長者のことを師匠もしくは兄貴といって敬意を払う。どんなにうだつがあがらない相手であっても敬意を払う。閉鎖的でヤクザな世界で、浅草の演芸場でも、地方に営業に行っても、ストリップ劇場でも精神病院でも刑務所の慰問でも、売れないうちはどこに行っても周りからボロクソに言われ、もらった金は酒を飲むことで使い果たしてその日その日を凌ぐという生活の繰り返し。
たけしは本作において師匠の言葉を借りて、演芸場は社会の底でどうしようもない馬鹿どもが集まるところだがこの底が抜けてしまうと馬鹿の行くところがなくなってしまう。馬鹿を引き受けてるところなんだから演芸場は素晴らしいところなんだと書いている。なるほど如何にもたけしらしい、と思わせられる。昨今あらゆるところで効率化が進み、馬鹿を引き受けている社会の底から真っ先に取り壊されているが、馬鹿を引き受けるところがなくなってしまい、それでハッピーになれたかというと、結局、また問題が出てきてさあどうしようというとうろたえ出しているような気がする。治安が悪くなったりするのは当然なのである。社会の底が抜けているのだから。世の中が面白くなくなっているのもそういうところが原因なのではないかと僕は思う。
本作で一番面白かったのは、精神病院で漫才をするところと、エピローグで主人公達がテレビ出演をするところであった。精神病院では患者に悪影響の出ないように健全な漫才をやってくれと頼まれて、テレビ局には自動車会社がスポンサーだからスポンサーの機嫌を損ねるネタをしないでくれと言われる。山本夏彦が何かのコラムで広告・スポンサーがついている時点で文章や映像は既に買収されているのであり、公平は有り得ないと書いていたが、どうやら芸の世界もそのようである。本当に面白い芸を見たいのであれば、好きになった芸人の真骨頂を見たいのであれば、演芸場に足を運べ、というのがたけしが本作で読者に向けたメッセージなのかもしれない。
厳しい下積み時代を経たからこそ今のたけしがある、と知ることの出来る作品である。
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