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【本】 『やっぱり私は嫌われる』 (ビートたけし)

やっぱり私は嫌われる やっぱり私は嫌われる
ビートたけし (1993/11)
新潮社
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■すべての女が女郎になった

 女にとって、イマジネーションとかオリジナリティというのは、辞書にないんだよ。与えられたものには対応できるんだけど、自分で作るということができない。スタントマンだって女のほうが凄いんだ。怖いもの知らずだから。だけど、そのセッティングは男がやってやる。ここはこうなってこうなるから、じゃあこの橋を飛んだらどうか、というのはみんな男が考える。それに、対応する力はすごくある。
 これは日本人の特徴だよ。きっと外国から見ると日本人は女みたいに見えるんだろう。だからきっと理解できないんだね。
 一人になっちゃうとすごくおとなしいのに集団になるととんでもないことをする。それも日本人だしおばさんたちの特徴でもある。一人一人と話すと非常に物分かりがよくて、これが本当にナントカ運動をやっているおばさんなのかなと思うんだけど、それが何人か組むと、とたんに悪いばばあになって、「何だ、あんた」ってやり出すんだ。
 前に女性誌でそういうおばさんたちと対談みたいなことをやって、その時分かったんだけど、彼女たちは集団になるとパニックになるらしいんだな。普通に話しているときはいい。こっちも「何でオバタリアンとか言われるんですかね」なんて聞けるし、向こうも「そんなことないわよ」って答える。
 ところが、じゃあ終わりました、どうもありがとうございましたと言った後で、一人のおばさんが、「サインを」と言ったとたん、「あ、私も私も」ってワーッと寄って来る。「ちょっと待って、私が先なのよ」って、やっぱりこいつらしょうがないなと思ったね。
 根本的には、女ってことで男にバカにされていることにうすうす気づいている。それが嫌だというのはいいんだけど、その割りにはみんなそこへ逃げ込もうとするね。聖心女子大の、投票権の葉書を渡しちゃったりしたねえちゃんたちなんかその典型で、頭かいて終わりだもんね。お嬢さんでして、何も分かんないんですよ、で逃げ切れちゃうんだから。本人たちも逃げ方を知っている。
 女同士だと本当はすごく仲が悪いんだけど、同じ被害者になると、とたんに団結する。
 セクハラだなんだって騒いでいるのもそう。セクハラされたって、ブスな女までしゃしゃり出る。おまえなんか誰がセクハラするかと思うけどね。
 たしかに性を商品化したのは間違いなく男なんだ。男はそれが都合がいいと思ったんだけど、その結果、大して価値がなかったはずの不細工な女にまで、自分の価値に気づかせてしまったんだね。私の体はやっぱり価値があるんだ、高く売らなきゃと思うようになった。
 昔は女郎屋があったから、おまえなんかに性を感じるかと言えた。それがなくなって、普通に町を歩いている女の一人一人が性の対象物になってしまった。マスコミがいろんな記事でそういう風潮をあおったからね。それで、男が女を手にいれるためには、女に何か支払わなきゃいけないという状態になった。
 おんなは自分に価値があると思うから、おごらせたり何かして、うまく遊ぶ方法を覚える。オイラたちは外でナンパして、ホテルへ連れ込むなんていうことがすごい犯罪に近いようなことだと思っていたよね。ところが、今やラブホテルへ行くのなんか何でもない。女から手を引っ張って男を連れ込んでいるんだから。女は全て女郎になった。
 市場の相場と同じでそれがフリーでできるような状態になったときに、女は高くなるんだよ。
 今、女を黙らせるのには、圧倒的な経済力だとか、力がなきゃ押さえられない。ところが、男でそういうやつは数が少ないから、結局バランスを考えれば世の中全体は女が高くて強くなった「結婚相手は三高じゃなくちゃ」なんてチビでデブな娘がぬかす。
 だから、女がスポーツから何からあらゆるところに顔を出す。まあスポーツ程度なら一種のご愛嬌だけど、文化とか芸術に関わる領域になると困るんだよ。
 小説でも何でも、おもいっきり身近な話題に引きずり落とすんだよね。妊娠の話だとかさ。俵万智なんて、あんな歌詠んでどうしようというんだ。じゃんじゃん文化を引き降ろしている。
 芸術は本来、圧倒的に大きな命題があるはずだろう。だけど、そういう大きなものを書く男がいない。男自身もだらしないけど、近代資本主義の世の中になると売れなきゃしょうがないっていうんで、芸術までも女を喜ばせるスーパーマーケットの商品みたいになってきたんだね。
 非常に文化的なものをつくる人たちが日常的なところに引きずりおろされて、ひどい目にあっている。圧倒的に力のあるスポンサーがいて、そいつだけを喜ばせるために作れるなら、もっと強烈なものができる。芸術に関しては、一般的な普通の人が主流という国には何も生まれない。東欧みたいなところで、すごいピアニストが出るというのはわかる。それしかないんだからね。でも日本じゃあ孤高のピアニストはやっぱり食えない。
 例えば、社民党の福島瑞穂が安倍晋三首相が誕生した時にリベラルの力を総結集させたいと言っていた。社民党はマイノリティのための政党だと言っているが、建前でも価値観が多様化していて価値観に対する社会的合意が難しくなっている世の中だというのなら、マイノリティのための政党なんていうのは自民党や民主党のいう国民のための政党というのとほとんど変わらないことになる。全ての国民はマイノリティということになるからだ。だから、社民党はどのマイノリティのための政党なのか明らかにしなければならない。まあ、フェミニズムとか女性とかそういったところが支持母体になっているような政党なんだから、反フェミとは絶対に相容れないというのはわかるけど、でも本気で反フェミなんてやっている奴はそれこそマイノリティ中のマイノリティなんだ。

 人間はみんな陰の面を持っていて、後ろ指をさされる部分を持っている。自民党の復党問題が茶番だと言われている。やっている本人達からしたら本気なのかもしれないが、茶番だと思われたら茶番になってしまうということを政治家ならきちんと理解しないといけない。もう世の中全体が「なあなあ」で通用しなくなってしまってきている。でもちょっと考えればわかるが絶対にクリーンなだけでは押し通せないんだ。これは社会もそうだけど、個人もそうで、だから、普段保守っぽいこと言ってる奴がエロゲー萌え〜とかメイド喫茶バンザイなんて言ってても本当は別にどうでもいいんだけど、ただ、そういったことが通用しなくなってきているわけで、日本の父親みたいなもので偉そうなこといってたってエロゲーやってるオタじゃねえかっていうシニカルな社会になっている。でもじゃあ偉そうなこと言っててエロゲーもやってない悪いこと何もしてないタイプいるのっていったらいるかもしれないけど、よっぽど凄いかよっぽどつまらないかの二択だし、本当にクリーンな人間が社会でやっていけるかっていうとたぶん無理だろう。

 教育だって、日教組が悪いって言われているけど、そんなのは本当はわからない。シニカルな物の見方をする社会なわけだから、これだけ通信手段が発達した中ではメイド喫茶に行っている奴と、アニメの女の子がレイプされている同人誌を描いている奴と日教組のどれが子どもに悪影響かなんてわからない。子どもとの直接的な距離では日教組の方が近いが、しかし子どもへの影響度が大きいのはもしかしたらアニメの女の子がレイプされている同人誌の方かもしれない。

 普段保守っぽいこと言っていてエロゲー萌え〜なんて言っている奴はいじめとか援助交際とかそういうのを指してこれは教育のせいだ、日教組が悪いなんて言っちゃうけど自分のエロゲー趣味だけは絶対に守ろうとする。でも駄目なんだ。政治にも社会にも教育にもクリーンを求めておきながら、エロゲーだけは社会に悪影響を及ぼしていないなんていうのは。そういうのが通用しなくなっているのは自分の胸に手を当てればわかること。

 はっきりいって自分が死ぬほど好きなのものが社会のため教育のためだといって犠牲にされるのはめちゃくちゃきついし納得できないと思う。でも教育をどうしようとか本気でいって、親が悪い教師が悪いって他人事のように断言してああしろこうしろっていって自由を束縛するというのは、その犠牲を他人に強いるわけでさ、そういう自分だけ安全なところにいながら、国士ぶっているっていうのが実は一番悪どいんだよね。

 って安全なところから物を言っている僕は「やっぱり嫌われる」だろうか。
おはつで〜すww
ホームページ作ってみた
ガンガッて きょうも更新明日も更新
ほぼ毎日更新するんで…
見てくれたら うれしいかもww

http://bigsio.jp/~459/
2006/12/07(木) 03:19:42 | URL | #-[ 編集]
 お久しぶりです。コメントはなかなか書けませんが、いつも楽しみに読んでますよ。

 
 たけし節、炸裂ですね。

 「たしかに性を商品化したのは間違いなく男なんだ。男はそれが都合がいいと思ったんだけど、その結果、大して価値がなかったはずの不細工な女にまで、自分の価値に気づかせてしまったんだね。私の体はやっぱり価値があるんだ、高く売らなきゃと思うようになった。」


 女の美しさというより、若さにべらぼうな価値がありますね。
 どんな女でも、若いというだけでいい思いをした事がある、と思い当たります。
 だから女は若さを手放したくない。「きれいな中年女性」より「不細工な若い女」を選びます。


 小谷野敦の「帰ってきたもてない男」面白いです。そのなかにも、タカビーな女について色々書かれています。もし、機会があったらどうそ。
 
2006/12/07(木) 14:44:39 | URL | kei #-[ 編集]
>>keiさん

僕は別に10代を神聖視してたりといったことはないのですが、正直言えば今のような30代の女性の方が若い女性よりも魅力的だとかこれからの恋愛は40過ぎてから始まるだとか老人ホームで第二の恋愛とかのコピーが踊っている世間に対して抵抗もあります。
少し前までなら若い女性とそれを好む男性に対するやっかみみたいなもので笑ってられましたが、どうも最近の風潮だと本気でパラダイムシフトをさせるつもりなのかなんて思ってしまいます。
年を取っても魅力的な女性はいるでしょうけど、今はむしろ年を取った女性こそ魅力的だ! ってなりつつありますからね。

小谷野敦は読もう読もうと思ってまだ手がつけられていません。年末ですし、未読の本を片付けてさっさと古本屋に持って行こうとしている今日この頃です。

keiさんの意見を参考にしつつ、近いうちにオニババ化する女たちの感想を書こうと思います。
2006/12/07(木) 23:28:28 | URL | コウイチ #-[ 編集]
 男が若い女性を好むのは、自然の事だと思います。むしろ、若い男が、自分の母親のような年齢の女性を性の対象とするのが、理解できない。(幼児期になにかあったんじゃないだろうか?これって私の偏見…?)

 精神的な安定とか、経済的な面とか、いろいろメリットはあるだろうけど。
2006/12/08(金) 11:47:48 | URL | kei #-[ 編集]
>>keiさん

女の裸を見たら興奮するっていうのと同じで本能的なところであるのでしょうね。昔は10代とかでも良かったらしいですが、妊娠適齢期は20代半ばあたりらしいですし、その辺の女性を魅力的に思うというのも生殖本能からすれば適当なんじゃないかと、よくわかんないことを思ってます。

年をとっても魅力的な女性は多いですし、僕のサイトに書き込んでくれる女性の方ははとても寛容で美しいと思うのですが、そういう方に限って既婚で幸せな家庭を持っていたりするのですよね。
逆説的に言えば、幸せな家庭にいる女性はすごく魅力的に映るのかもしれませんが……。
2006/12/09(土) 23:27:44 | URL | コウイチ #-[ 編集]
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