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【本】 『ことばの風景』 (中西進)

ことばの風景 ことばの風景
中西 進 (1999/07)
角川春樹事務所
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親孝行

 学生のOさんがやって来て、いま卒業論文にとり組んでいるという。「何をやっているの」と聞くと「コウについてです」という。「こう?」、「ええ、親孝行の孝です」
 私はびっくりした。今どき孝などに若い学生が関心をもつのか。孝とか孝子などという名前も五十歳以上の人にちがいない。
 ところが、彼女はもっとびっくりすることをいった。
「野球のイチローっていますね。彼はバットをふる時、オ母サン! って思うんですって。そしたらよく当たるそうです」
「へえー」。私はただ恐れ入る。
「いま体育会系のクラブの人に、尊敬する人は? ってアンケートをとったら、だんぜん『両親』が多いって聞きました」
 それでこそ、彼女が「孝」について論文を書こうという気になってもふしぎではない。
 いったいこれはどういうことか。儒教道徳がまた復活してきたというのではあるまい。
 いま人間がよりどころを失っている。そこに新しい宗教がはやる理由もあるという意見もきくが、それにつれての儒教リバイバルとは思えない。
 私は、彼らが若者だけに体感的に生きているのだと思う。すると人間、何といったって親子は親子である。餌をもらっている子鳥をみればいい。あの子鳥たちは、親と子はいかにあるべきかなどと考えて口を開けているのだろうか。
 この体感的若者を、近ごろの若者は物を考えないと非難するのは当たらない。理屈よりももっと大事な心の率直さの中に生きているのだから。イチローはお母さんを心に浮かべて、無心にバットを振るのだ。
 読書をしなくなった、漫画ばかり読んでいる、と批判することは、彼らが大切にしている、じかに体で感じる物の響きを見落とすことだ。
 彼らが大切にするもう一つのものは、人間関係らしい。儒教は、子は親に孝、母は子に慈と、いちいちの人間関係に一つの精神的根拠をあたえた。それを実践していれば何の間違いもないと教えてくれるのだからありがたい。そのとおりにしていればよい。
 近ごろの若者が親を尊敬するというのは、こんな人間関係を必要としているということだ。彼らはやさしいのだ。何だ、自立できなくてけしからん、だから入社式にまで親がついてくるのだ、と苦言を呈する前に、人間関係にやさしい若者がふえていることに、注目すべきだろう。
「うん。わかる気もするね。孔子がセールスして歩いた儒教は、政治哲学だったけど、その中味は人間関係だからね。要するにインターネット。今でいえばコンピューターの世界だ」
 やはり真理に新旧はないのである。
 というようなことが書いてあった。
 「尊敬する人は?」と尋ねられた時「両親です」と答えるのは、他に名前が思いつかないから、だと思います。尊敬とはちょっと違うんじゃないかなぁ。

 例えば就職活動で面接の時、固有名詞を答えて変なかんぐりをされるより「両親」と答えた方が簡単でラクだから。


2007/01/17(水) 16:58:57 | URL | kei #-[ 編集]
>>keiさん

今の時代だと両親以外に尊敬する人って答えにくいのかもしれないですね。
情報で憧れの人の人格的な部分まで全て明るみにされてしまいます。
少年漫画誌の表紙に水着少女のグラビアが載って久しいですし、絶対的なヒーローがいないのかもしれません。リテラシー的にはその方がいいのかもしれませんが、野茂や松坂が沢村のような伝説に勝つことができない時代なのだと考えると少し寂しい気もします。政治家を尊敬する人っていうのも今の時代はいないでしょう。
2007/01/17(水) 23:29:28 | URL | コウイチ #-[ 編集]
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