【映画】 『萌の朱雀』
![]() | 萌の朱雀 國村隼 (1998/05/25) バンダイビジュアル この商品の詳細を見る |
2007年のカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した、河瀬直美監督の長編デビュー作品。美しい自然に囲まれた奈良山中を舞台にした人間ドラマで、本作も97年度のカンヌ国際映画祭でカメラ・ドール(新人監督賞)を日本人初・史上最年少で受賞しています。余計なセリフでの説明を一切なくし、会話と情景で静かに物語が描かれています。河瀬直美監督の映画『萌の朱雀』を観た。過疎化が進む奈良の田舎の村のある家族をリアルなフィクションとして撮った作品。これで河瀬直美は97年度のカンヌ国際映画祭でカメラ・ドールを受賞したらしい。
過疎化が進む奈良県西吉野村では、鉄道を敷設する計画が持ち上がりトンネル開通工事が行われていた。村で暮らす、田原家の主・孝三(國村隼)も工事に関わるひとりだった。孝三は、妻・泰代と娘・みちる、母・幸子、そして姉の残していった子供・栄介との5人暮らし。やがて、幼かったみちるが高校に通う年頃になったとき、鉄道開通は中断され、トンネルだけが残されてしまう。計画の中止を知らされすっかり気力を失ってしまった孝三は…。
娯楽作品としたら『となりのトトロ』を目茶苦茶つまらなくしたものだし、脚本だけを単純に追っても至極淡白でヤマなしオチなしイミなしなのである。それでも、あえていうならば淡い恋心のやりとりぐらいが見どころといった具合である。しかし、昔ながらの田舎の美しい背景の昔ながらの家族が、やがて離散していく様と過疎化している村から離れるまでの「滅び」を口数を少なくして撮っていて、映像がそのまま言語として情緒深く我々に訴えかけてくる作品だった。
この作品は日本の田舎(の滅び)を撮ってインターナショナルに訴えかけることができたらしいが、ほとんどが都市になった日本に住む我々の多くにとっては現実的には明らかに身近ではない。しかし、この作品をそれでもどこかで親近感を持って迎えてしまう。それは例えば、時代劇のチョンマゲ結った侍を観るときのような感覚とはまるで違う。今チョンマゲを結った侍など我々の身近にいないし、いたらギャグ映画になってしまうだろう。本作が映す情景は97年当時のルーズソックスや援助交際が流行った風潮の中で強いギャップが存在していてソワソワした感じになるが、それはノスタルジー的な一種の清涼感のみが作用しているわけではなくて、決して昔のものではない確かに現実として物質的に存在する我々の近くて遠い田舎と我々の中の田舎的なメンタリティという精神的な存在を抉り取られているからであろう。勿論、本作はそういった田舎とメンタリティの存在の「滅び」が描かれているわけだが、感動的に悲劇的に後悔的に描かれているわけではなく、美しい自然の背景と共に淡々と描かれている。とはいえ、淡い恋心をやり取りした清い関係の男女の別れは悲劇を暗示しているようにも見えたが。これもまた滅んでいく男女の関係のありかたを映したのだろうか。
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