【映画】 『キャリー』
![]() | キャリー (特別編) シシー・スペイセク (2007/07/27) 20世紀フォックスホームエンターテイメントジャパン この商品の詳細を見る |
スティーヴン・キングの小説を鬼才ブライアン・デ・パルマ(『殺しのドレス』『ミッション:インポッシブル』)監督によって映画化した青春サイキックホラーの傑作。監督独特の映像美で超能力を持つ少女の悲劇が描かれ、壮絶なクライマックスがあまりにも有名な作品です。 いじめられ、感情を爆発させるとともに周りを惨劇に巻き込んでいく少女キャリー。キャリー役のシシー・スペイセクの演技は、本作でアカデミー賞にもノミネートされるほど評価されました。ブライアン・デ・パルマ監督の1976年のアメリカ映画。原作はスティーブン・キングの小説である。
金髪で青白い肌の超能力を持つ少女キャリー(シシー・スペイセク)。狂信的なキリスト教信者である母に育てられた彼女はオドオドしていて、学校では虐めの標的となっていた。そんななか、クラスメイトのスーはキャリーを虐めてしまったことに胸を痛め、ボーイフレンドのトミーにキャリーを卒業イベントのプロム・パーティーへ誘うように依頼する。内気なキャリーも母の反対を押し切ってトミーとプロムへ行くことを決意。だが、そのプロムで無惨なイタズラがキャリーを襲ってしまう。やがてキャリーの超能力が暴発し…。
ストーリーはWikipediaのがすごくよくまとめられているので以下引用。
ユーイン・ハイスクールに通う女子高生キャリー(スペイセク)は、おどおどした内気な性格と冴えない容姿のため、いつもクラスメイトたちからいじめを受けていた。ある日の体育の授業後、彼女はシャワーを浴びている最中に初潮を経験する。熱狂的なキリスト教信者である母親(ローリー)から、月経についての話など何も聞かされていなかった彼女はパニックを起こす。それを見たクラスメイトたちはキャリーをはやし立て、ナプキンを彼女に投げつける。その場は担任の女性体育教師デジャルダンによって収拾がつけられた。後日、先生はキャリーをいじめたクラスメイトたちを体育館に呼び出し、「プロムパーティーの参加禁止、それがいやなら毎日居残りで体育授業」と言う課題を突きつけ、渋々彼女たちは同意する。しかし、その中の一人であるクリス(アレン)は過酷な授業に耐えかね逃げ出してしまう。
その後、キャリーをいじめた罪滅ぼしとして、スー(アーヴィング)は彼氏であるトミー(カット)に、キャリーをプロムパーティーに呼び出すように頼む。図書館でトミーの誘いを受けたキャリーは、からかわれたと思い込み逃げ去ってしまう。トミーはめげずにキャリーの家まで訪ね、彼女をパーティーに誘う。怯えながらもキャリーはついにトミーの誘いを受ける。
一方、キャリーのせいで自分がパーティーに出られないと逆恨みするクリスは、恋人のビリー(トラヴォルタ)と共に恐ろしいいたずらを計画する。彼らは夜、養豚場で豚を撲殺し、血を抜き取ってその場から立ち去った。
プロムパーティー当日。母親の反対を押し切り、自作のドレスでやってきたキャリーは喜びと不安の気持ちが入り混じっていた。そんなキャリーを優しく励ますトミー。彼のおかげで変わることができたキャリー。そして彼らはパーティーのベストカップルに選ばれた。今までに無い幸せを感じながら、ゆっくりとステージ上に上る二人。これから起こる惨劇さえ知らずに…。
引用ここまで。
宗教といじめが背景にある暗い話に超能力が絡んでホラー仕立てにされている作品であった。キャリーが母親の宗教の影響で高校3年になって生理のことも知らない少女であり、明らかに周りから浮いている存在なのだが、男の子にプロムパーティーに誘われることをきっかけとして、普通の女の子への道を歩み出す。ここらへんの画一的な価値観に憧れるところに、よくわからないけど踊ったり恋愛して流されて生きる人間とは明確に違う、さりとて浦沢直樹の『YAWARA』のヤワラちゃんのように柔道ばっかりやらされてるけど本当はもっと普通の女の子みたいにオシャレしたり恋愛したりしたいんだもんという環境ともちょっと違っていて、本作では「せめて普通に」という真に虐げられている普通未満の劣悪な環境の人間の切迫感が窺われるわけだが、それはさておき、普通の女の子としての幸福感を味わうキャリーにいじめっ子達が大勢の前で豚の血を浴びせる意地悪をして、キャリーは瞬時にお姫様から道化へと転落する。周囲からの笑いに激しく自尊心を傷つけられたキャリーは、自身の持っている超能力を暴走させることで会場の人間を皆殺しにして、自身の悲痛な叫びを表現する。
最後にはキャリー自身も母親に刺されたり母親を刺し返したりしながら、それでも最後は崩れ落ちる「家」から母親を助けようとして母と共に死ぬ。というところに、何か普遍的なもの・身近なものへの行き過ぎた信仰・信頼への警鐘とそれで成り立っているシステムの暗部の根深さが象徴されていたように思う。ついでにいえばそれでも我々はそのシステムの中に組み込まれているからこそ味わえる幸福があるということまで描かれている風に読み取れるが、いずれにせよ、考えさせられるものはある。
キャリーを演じたシシー・スペイセクの迫真の演技はアカデミー賞にノミネートされるのも納得の凄さ。
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